出張神の名の下に2 ~闘い(略) 主人公の逆襲編~
企画作品第二弾。勇輝君のゆるい活躍をお楽しみください。
評価、感想お待ちしております。
“五十嵐天成に会ったら、一発殴れ”
その言葉が弥生から発せられたのは、昨日の夕食時だった。共に夕食を取っていた仲間は、天成とは誰かも分からなかったが、一応頷いた。その名を口にする弥生が殺気を纏っていたからだ。そしてその中に勇輝もいた。
昨日はそれが誰なのか分からなかったが、今はそれが分かる。
勇輝は手の内にある手紙に視線を落としていた。宛名は自分。差出人はあの、五十嵐天成。弥生との間に何があったかは分からないが、弥生を怒らせた彼から手紙が来た。
(これは、弥生に報告すべきか?)
手紙に何か仕掛けがあるようにも見えず、怪しい点もない。ひとまず内容を確認しようと、無造作に封筒を開けた……。
「ぐはっ」
腹を刺されたような声だが、外傷はない。目が強烈な光で痛むだけだ。
(あ~、チカチカする)
勇輝は目を瞬かせ、その目に飛び込んだ景色に呆気にとられた。一面白色の世界。どこまで続いているのか分からない、途方もなく広い世界だ。
「やぁ。勇輝君だね。歓迎するよ」
突然背後から声を掛けられて、弾かれたように勇輝は振り向く。そこには、同じ年の頃の少年。だが、勇輝が可愛いと称されるなら、彼は大人びていると称される容姿をしている。彼がどういった人物かと問われれば、こう答えるだろう。 第一印象が胡散臭いと。
「五十嵐、天成」
少年はにっこりと笑った。正解とでも言うように。
「君にはこれから敵と闘ってももらう。僕の暇つぶしにね」
「は?」
思わず問い返してから、勇輝は言われた言葉を自分の中で噛み砕いた。コロシアムで闘えというらしい。
「……別にいいですよ? ただその前にお願いがあります」
勇輝は柔らかな笑みを見せて、丁寧に言った。お願する時は下手に出る。交渉の基本の一つだ。
「へぇ、何?」
「五十嵐さん、一発殴ってもいいですか?」
あくまで、笑顔で、にこやかに。
「嫌。……あ、でも君がこの闘いに勝ったら、殴らせてやってもいいよ」
あくまで、上から目線。
「なるほど。やってやろうじゃないですか。で? 相手は誰です? 不良? チンピラ? ヤクザの親分?」
「異能者。何でも出来る、さしずめ言霊使い。つよーいヤツ用意しといたから」
勇輝は三秒間押し黙った。そして、交渉用の仮面をかなぐり捨てる。
「は? 異能? 俺人間なの分かってんの? 俺はただの不良なんだけど?」
ブチギレ一歩手前で止まっているのは。彼から発せられるプレッシャーが、本能に告げているからだ。今手を出したら、殺されると。
「あはは、分かってる。だから、俺からプレゼントをあげる」
軽やかに笑う彼は、空間のどこからか三つの機械を出現させた。それを受け取った勇輝は、ぽつりと呟いた。
「スマートフォン?」
それは今携帯電話に取って代わろうとしている新種の通信機器に似ていた。
「それはPDA。そこに能力が発動するアプリ入ってるから、タッチして使うといい。ただの人間の君でも能力者になれる。ただ、一つのアプリを使ったら、違う奴を発動するまでに少し時間がかかるから気を付けてね。じゃ」
そう締めくくると、彼はひらひらと手を振った。
「おいちょっと! もう少し確認……」
それに対する返事は、目が眩む光だった……。
勇輝の頬を風が撫でた。ゆっくりと目を開く。そして呆れた。
「うわぁ……ありえねぇ」
茶色。砂、時々岩。それだけでこの世界を形容できる。まさにそんな景色だった。目を凝らせば荒野に咲く花も発見できるかもしれない……。
こういう展開はアニメでも漫画でもおなじみだ。ある時誰かに異世界に召喚され、元の世界に戻りたければ目の前の敵を倒せ、と決闘を持ちかけられる。その相手が自分の友人や恋人だったり、親だったりして主人公が苦しむのを主催者は天からほくそ笑んで見ているのだ。
(サイテー)
勝手に展開を予想して、勝手に彼を批判した。両手が塞がっている勇輝は、ひとまず二つを左右のズボンのポケットに入れて、PDAなるものを起動してみた。
機動ボタンを押すと、タッチパネルに映像が浮かび上がる。それがはっきり目に映ると同時に、体の中を何かが駆け巡った。それは脳に集中し、カチリと何かがはまった気がした。
「は?」
そして画面に映ったアプリが何なのか、勇輝は識っていた。
「イレイザー。一秒間、体に触れる異能力を無効化する」
口はすらすらと言葉を口にする。勇輝は知らない。だけど識っている。
そしてざっと全てのアプリを見て思った。アナログ人間にはきつくないか、と。
しかも能力は消費型のようで、試し撃ちによる無駄遣いも厳禁ときた。神様だってもう少し優しいはずだ、と一人ごちていると、声をかけられた。
「おい。後がガラ空きだぞ?」
はっと気配に気づいて、振り返って身構える。そして相手を確認し、つい感想を述べてしまった。
「いい筋肉……」
彼はノースリーブに短パンという真夏の恰好で、いい筋肉が露出されていた。
勇輝の体に目立った筋肉はなく、線が細く華奢な体格だ。以前通っていたボクシングのトレーナーによると、筋肉の付きにくい体らしい。筋力はあるので生活と喧嘩で困ったことはなかったが、立派なものを見ると憧れるのが男というものであろう。
「山育ちだからな。どうよ!」
筋肉を褒められた彼は陽気な性格なのか、上腕二頭筋で力瘤を作った。勇輝は目を輝かせて感嘆の声をあげる。ひとしきり感心しつくした勇輝は、本来真っ先に訊くべきことを口にした。
「で、俺は春日勇輝だけど。お前は誰?」
相手の名前を聞く時はまず自分から、コミュニケーションの基本である。
「俺は重永颯。お前の敵。よろしくな!」
彼は歯を見せてキラリと笑った。背後に夏の太陽が見える。一方勇輝の心は真冬の夜のように凍てついた。
「あはは、冗談きついって」
「あはは、じゃぁいくぜ? 男の熱いバトルだ!」
彼も人の話を聞かない性質らしい。勇輝も五十嵐天成を殴るためと、腹を決めて敵に向き合った。彼に勝って五十嵐を殴り飛ばし、そして如月に凱旋するために。
「俺はお前をこのPDAで倒す!」
手段は五十嵐頼りだが、そこは自分のプライドのためにも無視する。
勇輝の、私情を挟んだ闘いが幕を開けた。
「光!」
颯は右手を突き出して、一文字そう叫んだ。とたんに空間から光の球が出現し、勇輝へと接近する。
「シンク・ブレード!」
勇輝はPDAを強く握りしめ、アプリの名を叫ぶ。選択したアプリは好きな形の剣を創れるアプリだ。PDAは周りから土を取り込み、その先から伸びるようにして形作っていく。纏う砂の粒子を振り払うと、茶色がかかった両刃の剣身が姿を現した。
それを両手で握り、足を片幅に開く、体は飛んでくる光の球に対して横向きだ。
“バッター、野球歴三か月、春日勇輝君”
勇輝の脳裏にはそんなアナウンスが流れていた。後の方で声援も付いている。
某双子野球マンガの影響で野球部に籍を置いた中学一年生。しかし、外野フライが届かないという理由で甲子園への夢を諦め不良へと進んだ過去がある。
(球は打つものだろ!)
勇輝は別のマンガの影響により、三か月のボクシングで鍛えた動体視力に物を言わして、光の球を捕らえた。刃のないところに球を当て、大空目がけて振り切る。さすがに快音は聞けなかったが、感蝕は申し分ない。
が、光を打ち返そうとする馬鹿は、勇輝ぐらいだろう。弾力のない光が跳ね返って飛んでゆくわけもなく、集合体となって爆弾を形成している光は、剣に当たった瞬間爆発した。
打つフォームがなかなか綺麗だっただけに、おかしさ、虚しさ倍増だ。勇輝の失態に颯は腹を抱えて笑っている。
「痛っ、くないし。つーか打ち返すんじゃなくて斬り捨てるんだった!」
「ばっかじゃねぇの? でも、その剣は厄介だな。棒」
笑いながら、次の言霊を発する。それに応えたのは勇輝の剣。それがPDAごと木の棒になった。唖然とする勇輝に、
「どんな勇者も最初は木の棒からってな」
と颯は言葉で追い討ちをかける。勇輝は使い物にならないPDAであった棒を捨て、ポケットから新たなPDAを取り出した。すぐに起動させる。
颯はニヤリと笑い、言霊を続けて詠唱した。
「春、夏、秋、冬」
アプリを選ぼうとした勇輝の視界がくるりと変わった。ぎょとする勇輝の視界は、桜、海、紅葉、雪景色と五秒間隔で移り変わっていった。
景色が変わりすぎて気持ちが悪い。
「どーだ、俺の美技。うっとりするだろ。惚れてもいいぜ?」
「全力で断る!」
「しゃーない。じゃぁ、本気見せてやるよ」
口角を上げた颯は、大地を踏みきった。
「瞬」
颯の速度が高められ、姿がぶれてとらえきれなくなり、
「歌」
彼の応援歌が流れ、
「臭」
アンモニア臭が辺りに立ちこめ、鼻を刺激し涙を誘い、
「刀!」
そして右手が銀色に鈍く光る刃へと変貌した。
(こいつの能力、意味わからん!)
勇輝へと迫る颯を涙で滲む視界で捕らえると、地面を転がるようにして避けた。肩口に鋭く痛みが走る。
(避け損なったか!)
体をはね起こし、涙をぬぐって傷を確認するが、傷痕は見えなかった。痛みも一瞬だけで、錯覚だったのだろうか。
(傷は負わなかったのか?)
“それ、俺ルール。この世界では血は流れないし、痛みもそんなに感じない。ただ傷はあるから、深手を追うと使えなくなる。気を付けろよ”
まるで勇輝の心を読んだかのようにPDAがしゃべりだした。五十嵐天成の声で。
「何だよおま……」
「隙ありぃぃ! 豪!」
「させるかぁぁ!」
発せられた言霊から、椀力強化を嗅ぎ取った勇輝は、素手で受けるのは危険と、ついPDAを盾にしてしまった。バキッと悲しい音とともに散るPDA。PDAは颯の拳をその画面いっぱいに受け、罅割れて御臨終だ。
「なんてしょうもないことさせてんだよ!」
勇輝は何の役目を果たすこともなく旅だったPDAをぎゅっと握りしめ、無残なそれを八当たり気味に颯に突き出した。渾身の迫力をこめアンモニアによって赤い眼で颯を睨むと、彼もまた目を赤くしていることに気がつきしみじみと一言。
「お前馬鹿だな」
「うるせぇ! お前にだけは言われたくない!」
勇輝はこめかみに青筋を浮かべると、罅割れた画面に視線を下ろした。かろうじて本体は動いている。 勇輝は側面についているボタンを全て同時に押した。割れた液晶から様々な色の光が迸る。
「瞬殺のPDA! お前に華麗な死に花を咲かせてやる! ボム!」
それをピッチャーよろしく颯目がけてぶん投げた。チカチカと光るそれは、弧を描いて颯の足もとに落ちる。
「壁!」
その声は、爆音にかき消された。勇輝は眼の上に片手をやって砂煙に包まれた彼を見た。
「不良なめんなよ!」
中指を一本立て、お得意の挑発ポーズを取るが、砂煙の向こうの相手に見えているはずがない。
(俺の勝ちか?)
「風! そんなの痛くも痒くもねぇんだよ、おちびちゃん!」
砂煙を風で吹き飛ばして、颯は勝ち誇ったような笑みを見せた。そして、利きめ百パーセントの挑発文句を口にした。チビ、可愛い、女の子みたい、どれも即勇輝をキレさせることができる言葉だ。
勇輝は、血管が三本切れた気がした。
「お前、許せない。絶対的な敗北を味わらせてやる」
勇輝は最後のPDAを取り出し、起動した。すぐに新たなアプリを発動させる。
「ハック・トレース!」
「何をすんのかわかんねぇけど、俺に勝とうなんざ百年早いぜ!」
「そのセリフは、 雑魚キャラがいうと死亡フラグって知ってるか?」
「雑魚じゃねぇ! 鈍遁怒弩丼!」
祭り囃子の愉快な言霊だが、不愉快な効果を勇輝に与えた。
勇輝の体は鉛のように重くなり、颯の姿は景色に溶け出すように消え、颯は怒りで二倍になった力で弓を引いて矢を放った。しかし、空間から出現した矢が勇輝を貫くよりも前に、勇輝は足もとに出現した井戸へと落下していた。
「ふざけんなぁぁぁ!」
勇輝の声は井戸の奥へと呑まれ小さくなっていく、すぐに水に体が叩きつけられる音が地上に届いた。
(ぐはっ、お、溺れる!)
勇輝は冷たい水の中で顔を出そうともがいた。だが掴めるところもなく、足もつかない。体はゆっくりと沈んでいく。しかし、勇輝が井戸の底に沈むよりも早く、井戸は消失した。勇輝の体は地上に戻り、急に肺に空気が入ってむせる。
「う~ん、持続性がないな。まぁ水に困った時は使えるか」
颯は地面へばりついている勇輝を見下ろしながら、その効力を吟味する。何時でも何処でも井戸が出せる。干ばつの地域には持って来いだろう。
勇輝は頭を振って滴を払うと、すくっと立ち上がった。
「乾」
一言そう呟くと、勇輝の服と体はすぐに乾いた。自然と笑い声が漏れる。低い、黒さを含む笑い声。
「お前、俺の能力を……」
「そうさ、奪わせてもらったんだ!」
そして改めて自分の中に取り込んだ彼の能力を調べる。が、説明書は付いていなかった。
(使えない。まぁ見たところ漢字の音読みで発動ってとこか)
「炎、複、分!」
颯の掌に炎が出現し、それが二つそして四つに増える。その内の一つを勇輝に投げた。
「水!」
勇輝は水の球を出現させて、火球と相殺させた。生じた水蒸気をくぐって新たな火球が勇輝を襲う。
「水!」
もう一度発動させようとするが、水の球は出現しない。
「なんで⁉」
驚く勇輝の顔面に、火の球が直撃した。
「熱っ、くない! なんだこの球!」
火の温度ではない。丁度お風呂と同じ、いい湯加減。
「四十二度だ! それと、同じ言霊は寝て起きてからじゃないと使えません」
「使えねぇ能力!」
「ひとの能力にケチつけんじゃねぇ! 油!」
勇輝は熱湯でも降ってくるかと飛びずさったが、地面を踏みきることはできずに派手に転んで尻もちをつく。
「滑っ……て油⁉」
地面に撒かれた油で勇輝は足を滑らせたらしい。
(音読みって紛らわしい!)
勇輝は慎重に立って、油の水たまりから脱出する。そして視界に炎の球が迫るのが映った。
「はっ、そんな球怖くないさ」
「油まみれだと、どうなるかな?」
答え、引火。
勇輝はそれに気が付くと全力で逃げた。炎は目前まで迫っている。いくら体感温度が低くても、油に引火すればそれは普通の火、全身大火傷となる。
「疾!」
勇輝は速度を上げ、炎の軌道から逸れる。颯の手には後一発の炎がある。
(まずいまずい! 早くこの油をどうにかしないと)
颯は炎で遊びながら、言霊を紡ぐ。
「草、叢」
相槌ではない。荒野が草原に変わった。荒野一面見渡す限り緑色だ。
「干」
動物達の豊な暮らしが始まるかに思えたのもつかの間、草原は枯れて茶色くなった。
勇輝はその中を肩越しに颯を見ながら走っている。何をしだすのか気が気でない。
颯は炎の球を放り投げた。地面に落下したそれは、すぐに枯草に火の手を広げる。
「扇」
彼の手には団扇が握られ、大きく横に振りはらって風を起こす。そよ風。
「強!」
もうひと払い、突風。それに煽られ、炎は一気に勇輝へと迫った。茶色の草原に炎が走り、全てを赤く染め上げる。
(俺死ぬ~。油! 油どうにかしないと。水、はダメだよな。油に水注いだら火事がぁぁ! 石鹸! 石鹸で落として、洗濯しないと! 洗濯洗濯!)
顔を前に戻し全力疾走をするが、突然足が重くなった。言霊の効力が切れたのだ。その持続時間は三十秒ほどだ。
「くそっ、使えねぇ! 洗!」
何が出るか分からないが、石鹸水もしくは泡を期待している。が、ドンッと地響きとともに何かが後ろに出現した。嫌な予感に見舞われつつ振り返ると、洗濯機があった。形は洗濯機、大きさは家にある物のざっと二倍だが……。
「なんですと!」
しかも金属の腕が伸びて勇輝を掴み、空中へと持ち上げた。洗濯機は大口を開けて待っている。洗濯機の中は泡がブクグク、水がグルグル。
「止めてぇぇぇぇ!」
洗濯機は汚れ物を洗濯するのがお仕事。洗濯機に口があればこういうだろう。
そんなの知るか、洗わせろ、と。
水しぶきを上げて勇輝は洗濯機へと投げ込まれた。それと同時に炎が洗濯機を追い越していく。不思議なことに洗濯機は無傷だ。寸前に息を止め、目も瞑った勇輝はなされるがままに、回されていた。
(世界初。洗濯機で洗われた男……か)
自嘲気味な思いになった時、勇輝は引き上げられた。首根っこを掴まれたまま、放水を受ける。そしてそのまま放り出された。洗濯完了。
「柔軟剤は⁉」
回された影響か、つっこみどころを間違えた。ガバッと起き上がってから、火が消えていることに気が付く。そもそもの草原が消えて荒野に戻っていた。
そして、目の前には腹をかかえ、勇輝を指さして笑う颯の姿。
「あははははっ! それは洗濯物が溜まった時に使う技だっつーの! 考え方がお子様だな!」
勇輝は、怒りの炎を纏った。PDAを割れんばかりに握りしめる。
「めんどくせぇし使えねぇ、もうこんな闘い、けりつけてやる」
勇輝はキッと目を吊り上げ、拳を握って颯へ駆けだした。颯は笑いをひっこめて、迎撃態勢に入る。
「跳」
颯は勇輝の拳が自分に届く前に脚力を上げて跳躍し、勇輝の頭上を追い越す。
「跳」
勇輝も脚力を強化して颯を追う。
「煙」
着地した颯は煙幕を出現させ、勇輝の視界を奪う。
「風」
勇輝は風で煙幕を吹き飛ばと、着地し、すぐに地面を踏み蹴った。弾丸よろしく颯へと跳んでいく。
「防!」
「不良の拳舐めんなよ! 剛! 鉄拳制裁!」
「なっ!」
跳躍の威力が上乗せされた拳は防壁を突き破り、颯の顎を突き上げた。
衝撃は脳へと伝わり、颯の視界は歪む。音も急速に遠ざかっていった。
彼の足は地面から離れ、その体は空へと吸い込まれる。霞みゆく視界の中で、景色が高速で流れ、風が体を添って吹いているのを感じた。
キラーン。この効果音がふさわしい。彼は空の星となった。
(……すげぇ、人って本当に飛ぶんだ)
まだ殴った感触が残る拳に視線を落として勇輝はすげぇと呟いた。彼の行方は誰も知らない。
そして徐徐に勝利の喜びが体内に沸き上がり、勇輝は雄叫びを上げた。
「よっしゃぁぁぁ! 俺の勝ちぃぃぃ!」
空に向かってVサインを決める。そして祝福するかのように、PDAからは光があふれ出た。
勇輝は先ほどと同じ白の世界にいた。目の前には例の男がいる。彼は勇輝が自分の姿に気がついたのを認めると、盛大に拍手をした。
「おめでとう。君の勝ちだ」
彼がパチンと指を鳴らすと、勇輝の手にあったPDAは掻き消えた。
「でも、PDAを十分に使いこなせなかったね。まだ使っていないアプリが山ほどある。宝の持ち腐れとはこういうことだ。俺の好意を無駄にするなんて……。それに無駄な動きも多すぎるし、もっと周りを観察するべきだ。地形を生かした戦闘も必要だからね。つまりは、今の君はまだまだひよっこで不良の域を出ないってことさ」
勇輝は頬を引くつかせながら、彼のダメだしに耐えた。ここで怒ってはならない。
「……五十嵐、さん。俺の勝ちだから、殴っていいんですよね」
全ての怒りは拳に込める。弥生の怒りも乗せて。
「あぁ、いいよ」
彼は何時でも来い、と腕を広げた。
「お言葉に甘えて」
勇輝は拳を握り、地面を強く踏み切った。腕をめいいっぱいに引き、足に重心を乗せ、まっすぐ突き出す。渾身の右ストレート!
「勝手に人を巻き込むんじゃねぇぇぇ!」
拳は不満を凝縮した文句をつけて、彼の額を捉えたかに見えた。しかし、勇輝の拳に手応えは無く、あろうことか拳は彼の額を通り抜けていく。
「は?」
勢いを殺すことができずに、勇輝は前につんのめり、体ごと彼を通り抜けた。そして額を視えない何かに打ちつけた。
「痛ってぇぇぇぇ!」
手を前に出すと壁があった。言われなければ分からない、いや言われても分からないほどつなぎ目も何もない真っ白な壁だ。
そして痛みに悶えながら勇輝が振り返ると、そこには何一つ変わらぬ薄笑いの彼がいた。嘘くさい仮面のような笑顔。
「俺は第四の壁を壊せる男だよ? 神と同列、いやそれ以上の存在だ。攻撃なんて効かないに決まってるじゃないか。それは俺に手を出した罰だ。ありがたく受け取ってくれ。では、またの参加お待ちしております」
彼はひらひらと手を振ると、閃光が勇輝の足もとから突き上がり、勇輝の姿を消した。
勇輝が目蓋を開けると、そこは自室だった。手には封筒を持ち、最初と全く同じ態勢だ。
先ほどまでのことが夢だったように思える。が、それが現実だと教えてくれるのはジンジンと痛む額。 そっと手を当ててみると、熱を持ち、さらにプクリと膨れていた。
(高校生にもなってたんこぶ……)
幼稚園のころ、公園のブランコで調子に乗り、空中ダイブ後に前にあった柵で額を強打した。そのあまりの痛さに大泣きしながら帰ったという苦い経験がある。
「……氷もらってこよ」
闘いには勝ったが勝負に負けた。ぐっと奥歯を噛みしめて勇輝は部屋を後にした。
そしてこの日の夕食で、“五十嵐天成に会ったら一発殴れ”、は“五十嵐天成に会ったら叩き潰せ”に変更されたのだった……。
前回は真面目に弥生で闘い、主人公はゆるく闘う。だって、彼人間だしね。
コメディーっぽく、しかしギャグではない。神の名の下にがまさに雑多という感じなので、主人公の闘いもおのずとそうなってしまった……。
企画作品は、これで幕ですかね。