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怒りの電車

作者: 落石中尉

生きるのにはコツがいるだろうか。


昨日までは何事も無く生活していたのである。

通勤電車で人間観察をするのが趣味である山田は、

目的地に付くまで乗客の人生に思いを巡らせながら過ごす。


だが、昨日は違った。

「なぜこの人達は絶望しないのだろう。

なぜ普通に生きていることができるのだろう」

という疑問が浮かんでから、

ボタンを掛け違えたように生活が上手くいかなくなったのだ。


山田の考えによれば、

自分は精神的に潔癖であって、

ほんの少しの不正にも気が滅入るというのである。


どうだ、電車の中じゃ誰も他人に関心がないじゃないか。


昨日ドキュメンタリー番組で涙を流した人が、

今日は駅の階段のホームレスを侮蔑していたじゃないか。


何だよ、ニヤニヤしやがって。

幸せの囲い込みはカッコ悪いぜ。


やがて電車が駅に到着し、

キキキと音を立てて停車した。

真空状態だった車内の空気が動き出し、

人々は扉に体を押し付けるように近づく。


山田は、自分は決して”さもしい”事はしまいと、

わざと逆らって車内の中央部分から動かなかった。


扉が開く。

人々が一斉に外へ出ようとする。

扉付近の人が圧力で外へ排出される。

かばんが人と人との間に挟まれる。

靴を踏まれた男がぐっと女を睨む。


せいぜい30秒程度の乗り降りの中に、

よくもこんなに複雑な人間模様があるものだ。


最後に悠々と降りようと思っていた山田も、

この動きに無関係ではいられなかった。


そもそも車内に人から隔離されたスペースなどないのである。


山田が黙って難が去るのを待っていると、

「ちっ」という若い女の舌打ちが聞こえた。

どうやら位置の関係上邪魔だったようだ。


嗚呼、無抵抗の市民は幻想か?


山田は流れに乗って進まざるを得なくなった。


利権。


皆の顔に利権の二文字が見える。


山田が電車から降りると、

母に手を引かれた少女が無邪気に言った。


「あのひと、ブルドッグにそっくりだね」


母は一瞬吹き出しかけて、顔を赤らめながら

「改札はこっちよ」と足早に通り過ぎた。


山田は怒りのあまり、

その場で吠えてやろうかと思った。

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