食いしん坊な山神獣は、料理人の腕前に恋をした
山神獣。
山の恵を司ると言われ、奉られる神獣。
その姿を見たものはいない。
数日に一度、供え物をするとその食物は後日忽然と消えているという。
村の人々は、獣や虫が食べ尽くしたのだと口々に言うが、ヒロタカは違った。
彼は、神獣は存在していると熱心に信じていた。
神獣に備える食事をこさえるため、と王都に何年も料理人として修行に出たほどだ。
村に戻り、店を開いたところ、ハイカラな味わいだと途端に評判の店になった。
村の農産物や畜産物を利用した、素材を生かした味わいが評判となり、噂を聞きつけて遠方からやってくる客人もいるほどだ。
満を持して、自他ともに認める一流の料理人になったヒロタカの望みはひとつ。
「俺に、山神獣様の供え物を毎日お作りさせてください」
村長は二つ返事で了承した。
元々、鬱蒼と茂る山奥の祠に干し肉だとか保存食を置いてくる役目を好んで請け負いたい者はいなかった。
村の人々は酔狂なことだ、と遠巻きにながめた。
「本日は山菜の天ぷらでございます。国内随一の塩を添えております。お好みでつけてお召し上がりください」
「本日は一昼夜煮込んだ牛骨のスープでございます。滋養強壮に効果があります。お体をお大事にしてくださいませ」
「本日は甘辛く煮た煮豚でございます。共に米も添えています。ご飯がすすむ一品となっております」
「本日は趣向を変えまして、牛の乳を冷やして作った甘味を用意いたしました。山神獣様のお口に合うといいのですが」
ヒロタカは、来る日も来る日も手を変え品を変え備え続けた。
毎日熱心に通っていたが、毎日その皿は空になっていた。
獣が食うにしても妙に周期が早い。
やはり神獣様はいるのだ。
ヒロタカは張り切って、より一層熱心に供え物を用意した。
ある雨季のこと、村に大嵐がやってきた。
さすがのヒロタカも命知らずではない。
大雨で川はあふれ、山道は崩れ水浸しになった。
しばらく、1週間は雨の影響が落ち着くまで村に引き込もざるを得なかった。
1週間ぶりに、1週間ぶんの情熱を注いで作った供え物を持っていく。
丸鶏を香辛料で味付け、じっくりと丸焼きにした一品だ。
こんな豪華な飯は祝い事でしかお目にかかれない。
それも1週間分待たせた埋め合わせと思えばヒロタカにとっては惜しくないものだった。
祠にいつも通り供え、いつも通りメニューの説明をしようとした。
声を上げようとした所、落ちついた女性の声が先にかけられる。
「ねえ」
「!?」
ヒロタカは腰を抜かした。
こんなところに来る者は村では自分しかいない。
しかも、山奥でうら若き女性から声をかけられるとは思ってもいなかったからだ。
尻餅をついて、あやうく丸鶏を地面に取り落とすところだった。
ふう、と丸鶏の無事を確認して顔をあげると、目の前には尾がいくつにも分かれた白く神々しい巨大な山犬がいた。
「ちょっと、それ落とさないでよね。勿体ない」
「は、はい!この命に代えてでも!」
「大げさだなあ。犬なんだから落ちても食べるけど」
「は、はあ……」
ふてぶてしい様子の山犬。
ヒロタカはこの方が山神獣であるに違いない、と直感した。
が、あまりにも俗世じみた物言いに困惑せざるを得ない。
「山神獣様は、これまでも俺のお供え物を召し上がってくださっていたのですか?」
「ん。供え物は残さず全部たべてる。でも君になってから楽しみになってる」
「なんと!光栄の極みです、山神獣様」
「山神獣じゃない。ユキ。親犬がそう呼んでた」
「ユキ様、ですか。良いのですか真名を俺なんかに」
「別に、今時名前で縛る魔術なんて流行らないし私には効かないし」
「ははあ、流石にございまする」
「てかその喋り方堅苦しい。友達みたいに喋ってよ」
「友達ですか!?そんな恐れ多い……」
山神獣改め、ユキはむっと拗ねた様子で零す。
「そもそも山の獣は言葉を話さないし、村の人間はもう信仰心ないし。話す相手いなくてひまだったんだよね」
「なんとおいたわしい……いや、それはなんというか、うーん。わかった。ユキ、と呼ぶ。それでいいか?」
「ん!それでいこう!」
ユキは、ぱあと犬の顔でもわかるくらい笑顔になって尻尾を振って見せた。
この何気ない日を境に、一人と一匹の距離は急激に縮まった。
奇妙な交流劇はここから始まったのだ。
翌日。
ヒロタカは川魚の塩焼きを持って山奥にたどり着いた。
単純な料理に見えるが、締め方や産地で大きく味が変わる。
素材の味を生かすには試される品だ。
「待ってたよ」
「ユキ!もういたのか」
「別に暇だし。お腹へるし」
「楽しみにしてくれていてありがとう!今日は川魚の塩焼きだよ」
「ふーん。干し魚なら食べ飽きたけど。焼いたやつならどうかな」
「今日は趣向を変えて、一緒に食べられる量を持ってきた。隣で食べてもいいだろうか?」
「別にいいよ」
と、供え皿に盛られた川魚にかぶりつくユキ。
ヒロタカも一緒に脂ののった背中側から食べ始める。
「これおいしい!塩かけて焼いただけじゃないの?」
「川魚は産地の川の水質や、捕ったときの締め方で味が大きく変わるんだ。俺の中の最高品質を持ってきた」
「くー、人間ってなんでこうも料理がすごいんだろ。うらやましいよ」
「そうかな。俺からしたら山の恵をつかさどるユキの方がすごい」
「あんなん、信仰心をああしてこうしてちょいっとするだけ。私の力じゃない」
「そうなのか?」
「私なんて、ほとんど何もしてないよ」
「それでも、ユキとこうやって一緒にご飯を食べられることは俺の幸せだよ」
「大げさだなあ。ふん」
ユキはそう言うと山奥に姿を消してしまった。
何か気に触ることでも言っただろうか、とヒロタカは自責の念に駆られた。
しかし、次の日違う品を持ち寄るとユキは変わらぬ態度で姿を現した。
「今日のは何?」
「今日は炊き込みご飯だ。山の恵を大いに利用させてもらった」
「ふうん?なんかいいにおいだな」
「にんにくと、鶏肉も入っているからにおいが強いのかもしれないな」
「早くお皿に盛ってよ」
「はいはい」
ヒロタカはお皿を濡れ布巾で拭い、しゃもじでこんもりと炊き込みご飯を盛ってやる。
尻尾を揺らして口周りのよだれを舐め取るユキは、もはや山神獣ではなく一匹の山犬だった。
「はい、どうぞ」
「待ってたよ!はぐもぐ、くちゃくちゃ」
「ふふふ、こうしてみると村のハナコを思い出すな」
「もぐ、ハナコってダレ?」
ジト目でヒロタカを見つめるユキ。
その湿度には気づかず、炊き込みご飯をかきこみながらヒロタカは軽く答える。
「近所の犬さ。女の子でまだ2歳、なんでもがっついて食べる。ユキにそっくりだ」
「そんなんじゃないし!流石に飼い犬と比べられると気分悪いし!」
「すまない、可愛くて。悪気はなかったんだ」
「……それならべつにいい。二度とほかの犬の話しないでよ」
「わかった」
ヒロタカは、可愛い嫉妬だなあと流した。
しかし、ユキの内心は穏やかじゃなかった。
ヒロタカのご飯をほかの犬も食べていると思うと、どす黒い、そいつを八つ裂きにしたいような気持ちが湧き上がる。
こんな気持ちになったのは初めてで、ユキは燃え上がりつつ一抹の戸惑いを感じていた。
じゃあね、と飯を平らげ山奥に帰る道すがら、どうやってヒロタカのご飯を独占しよう、と考えていたユキ。
それは、ご飯を独占したかったのか?
ヒロタカ自身を独占したかったのか。
誰にもそれはわからなかった。
少なくとも、ユキは料理人ヒロタカの腕前にはとっくの前に恋に落ちていた。それだけは間違いなかった。
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