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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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戴冠の断頭台 無能王子と狂信の騎士

作者: 千葉琴音
掲載日:2026/04/12

ルミナリス王国の第四王子、セシル・フォン・ルミナリスは「出来損ない」の代名詞だった。

眩いばかりの金髪に、吸い込まれるような碧眼。繊細で美しい容姿を持ちながら、中身は空っぽだと誰もが蔑んでいた。

酒に溺れては夜会で醜態を晒し、退屈な公務からは逃げ回る。

それが人々の知る無能なセシルの姿だった。


だが、それはすべて、生き残るための「演技」だ。

王位継承という名の血みどろの椅子取りゲームにおいて、光り輝く才知は死を招く。

セシルの母、第四妃アニエスがそうだった。

彼女が王の寵愛を受け、貴族たちの間で静かに影響力を持ち始めた直後の秋、彼女はあまりに不自然な「事故」で命を落とした。

セシルが十歳の時のことだった。


セシルは、賢い子供だった。

だから、愚か者を演じることにした。


酒と女と賭博に溺れ、誰かに利用される価値もなく、誰の脅威にもならない存在。

その仮面を被り続けて八年。

魔力も知略も持たない「無能」こそが、この血塗られた王宮で彼を守る唯一の盾だった。



「セシル様、お着替えを」

重厚な天蓋付きのベッドに横たわるセシルのもとへ、従者のジークが現れる。

漆黒の髪に、感情を一切映し出さない鉄色の瞳。幼い頃から影のように寄り添い、セシルの護衛兼従者として生きてきた男。


「ジーク、今日もまた兄上に嫌味を言われたよ。あぁ、早く隠居して田舎で本でも読んで暮らしたい」

セシルは寝返りを打つと、ジークを見上げて呟いた。本音だった。

この息苦しい仮面を脱ぎ捨て、彼だけが知る「本当の自分」として生きたい。


「....左様ですか。しかし今はまだその時ではないかと」

ジークは淡々と、しかし淀みのない所作でセシルの上着のボタンを留めていく。

その指先がわずかにセシルの肌に触れるたび、セシルは奇妙な安心感を覚える。

ジークだけが、セシルの孤独を知っている。

ジークだけが、世界で唯一の味方だった。



だが、運命は残酷だった。

王が病で亡くなると、王位継承の争いはさらに激化、そんな中第一王子が暗殺され、あろうことかその罪がセシルに着せられたのだ。

現場に落ちていたのは、セシルの紋章が入った短剣。

あまりに稚拙な罠だったが、王位を狙う者たちにとって「無能な王子が自棄を起こした凶行」という建前さえあれば真偽など関係なかった。


弁明の機会すら与えられず、セシルは冷たく湿った地下牢へとぶち込まれた。



処刑前夜。

「ジーク、逃げろ」

鉄格子の向こう側、音もなく現れたジークに、セシルは枯れた声で告げた。

「俺はもう終わりだ。明日、広場で処刑される。兄上たちにとって邪魔なのは俺だ。俺が死ねば、従者のお前を誰も追わない」

「.....お断りします」

ジークの声は、地を這うように低かった。

「命令だ! ジーク、お前には自由になってほしい......」

セシルは必死に訴えた。

自分という重荷から、この忠実な男を解き放ちたかった。

その瞬間、ジークが鉄格子を掴む。ミシミシと、常人ではあり得ない力で鉄が軋む音が静寂に響いた。

「私は自由意志の上で貴方の側にいるんです。貴方がいない世界に、守るべき価値などー欠片もない」

覗き込んだジークの瞳には、見たこともないような昏い情熱が宿っていた。

それは忠誠を超えた、もっと狂気じみた何か。

だが、その正体について深く考える間もなく、翌朝、セシルは引きずられるようにして処刑場へと連行された。



広場を埋め尽くす民衆の罵声が、鼓膜を突き刺す。

「無能な王子に死を!」

「人殺し!」

セシルは断頭台の前に乱暴に跪かされ、硬い台の上に首を乗せられた。

頭上では、冬の陽光を反射して、巨大な刃が鈍く光っている。


セシルは目を閉じた。

かつて母を亡くした時の孤独がまざまざと思いだされる。

その頃ジークが不器用に抱きしめてくれたことも、自分が主人としてジークを守るんだと誓ったことも。

……結局、俺は誰も守れず、誰にも選ばれずに死ぬんだな。

知らずに、自嘲の笑みが浮かんだ。


(ジーク、せめてお前だけでも自由に生きてほしい......)

最期の瞬間まで願うのは、ただ一人の理解者の幸せだった。

執行人が、死の刃を繋ぎ止める紐を外そうとした、その時。


世界が、闇に染まった。

空が割れるような轟音。

そして、処刑台を囲んでいた近衛騎士たちの首が、一斉に宙を舞った。

抵抗する間も、悲鳴を上げる間もなく。


「何事だ!?」

パニックに陥る広場。

噴き上がる鮮血の雨の中に、一人の男が立っていた。

漆黒の髪をなびかせ、つい先日までセシルの一番近くにいた男ーージークだった。

だが、その纏う空気は全く別物だった。

彼が解き放ったのは、一振りで百人を薙ぎ払うほどの、圧倒的で禍々しい漆黒の魔力。

その力は、伝説の英雄か、あるいは魔王か。


ジークはゆっくりと、まるで姫を迎えに行く騎士のような足取りで階段を上る。

そして、呆然とするセシルの身体を抱きしめるようにして、優しく立ち上がらせた。

数千人の民衆、そして震え上がる騎士と貴族たちの前で、ジークは主君の前に跪き、その細い手を恭しく取った。


「セシル様。この国全てを、貴方への贈り物として捧げます」

その声は、かつてないほど甘く、そして逃げ場を塞ぐような独占欲に満ちていた。

「今日から、貴方がこの国の唯一の王です。そして私は、貴方を二度と逃がさない鎖となりましょう」


血の海と化した処刑台の上で、逆転の戴冠式が始まった。

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