第7話「戦いの後始末。そして、俺たちの国、『アグリトピア』が生まれた日。」
ラングフォード子爵の私兵団を退けた後、村は勝利の喜びに沸き立った。
「ダイチ様、やりましたね!」
「ミミの活躍、見てくれたかにゃ!?」
シルフィやミミが駆け寄ってくる。ガンツも「お前さん、やるじゃないか!」と俺の背中を力強く叩いた。仲間たちの笑顔に、俺は張り詰めていた緊張を解き、ほっと息をついた。
だが、戦いは終わっても、後始末が残っている。
広場には、武装解除された百人以上の捕虜たちが、不安げな顔で座り込んでいた。彼らをどうするか。村の意見は二つに割れた。
「こいつら、俺たちの村を襲ったんだ。それ相応の報いを受けるべきだ!」
ミミを筆頭とする武闘派は、厳しい処罰を主張する。
一方、シルフィたちは違った。
「ですが、彼らも命令されて来ただけです。故郷には、家族が待っているかもしれません」
穏健派は、寛大な処置を望んでいた。
皆の視線が、俺に集まる。この村のリーダーである俺の決断を、待っているのだ。
俺は捕虜たちを見回した。彼らの多くは、俺と同じくらいの年か、それよりも若い青年たちだった。顔には、疲労と恐怖の色が浮かんでいる。彼らは、決して好きで俺たちを襲ったわけではないのだろう。生活のために、命令に従っただけだ。
「……全員、解放しよう」
俺の言葉に、ミミが「ええっ!?」と声を上げる。
「なんでだよ、ダイチ! また襲ってきたらどうするんだ!」
「その時は、また返り討ちにすればいい。でもな、ミミ。こいつらを殺したり、奴隷にしたところで、何が生まれる? 憎しみが、また新たな憎しみを生むだけだ」
俺は続けた。
「彼らには、食料と、怪我の手当てをして、故郷に帰してやろう。そして、伝えるんだ。『アルカディア』は、敵意のない者を歓迎する、と。俺たちは、奪う者ではなく、与える者でありたいんだ」
俺の言葉を、村の皆は静かに聞いていた。
やがて、ガンツが重々しく頷いた。
「……ダイチの言う通りかもしれんな。わしらは、ただ静かに暮らしたいだけだ。無用な争いは、ごめんだ」
ガンツの言葉を皮切りに、他の者たちも次々と同意してくれた。
こうして、捕虜たちの処遇は決まった。
俺たちは、捕虜たちに温かい食事と、シルフィが作ったポーションで傷の手当てを施した。
最初はおどおどしていた兵士たちも、俺たちが危害を加えるつもりがないと分かると、少しずつ警戒を解いていった。特に、神農具が生み出す作物の味は、彼らにとって衝撃だったらしい。
「こ、こんな美味いパン、生まれて初めて食った……」
「俺たちの領地じゃ、黒くて硬いパンしか……」
彼らの領地が、いかに貧しいか。その言葉の端々から伝わってきた。
数日後、俺たちは兵士たちを解放した。代表の騎士は、俺の前に来ると、深々と頭を下げた。
「……我々は、とんでもない間違いを犯していた。この御恩は、決して忘れない。ラングフォード子爵には、この村の真の姿を報告しよう。どうか、ご慈悲を……」
彼らがどんな報告をするかは分からない。だが、少なくとも、彼らが再び俺たちに剣を向けることはないだろう。
この一件は、思わぬ結果をもたらした。
俺たちに敗れたラングフォード子爵は、その権威を失墜。さらに、解放された兵士たちが語る『アルカディア』の噂が、瞬く間に近隣諸国に広まったのだ。
『アルカディアは、侵略者を退けるほどの力を持ちながら、捕虜にさえ慈悲をかける』
『そこには、種族を問わず、多くの人々が豊かに暮らしている』
その噂は、戦乱や貧困に苦しむ人々にとって、一筋の希望の光となった。
村には、以前にも増して多くの人々が、助けを求めてやって来るようになった。エルフ、ドワーフ、獣人、そして人間。あっという間に、人口は五百人を超え、村はもはや「村」と呼ぶには大きすぎる規模になっていた。
その日の夜、俺は仲間たちを集めて、重大な発表をした。
「――今日から、この『アルカディア』は、一つの独立国家として歩んでいくことにする」
皆が、固唾をのんで俺の言葉の続きを待っている。
「俺たちの国だ。誰かに支配されるでもなく、誰かを支配するでもない。ここに住む皆が、手を取り合って生きていくための国だ」
俺は、一枚の木の板を掲げた。そこには、俺が考えた国の名前が書かれている。
「国の名前は、『アグリトピア』。農業を意味する『アグリカルチャー』と、理想郷を意味する『ユートピア』を合わせた造語だ。大地からの恵みによって、皆が幸せに暮らせる国。そんな場所にしたい」
その瞬間、広場を埋め尽くした人々から、割れんばかりの歓声が上がった。
シルフィは涙を浮かべ、ミミは拳を突き上げ、ガンツは満足げに髭を撫でている。
「そして、初代国王として、この俺、相川大地が、この国の舵取りをさせてもらう!」
本当は、そんなガラじゃない。ただの農民でいたい。
だが、これだけ多くの命を預かる身となった今、逃げるわけにはいかなかった。
こうして、異世界に、産声を上げたばかりの小さな王国、『アグリトピア』が誕生した。
それは、いかなる英雄譚にも記されることのない、一人の農民から始まった、国づくりの物語の幕開けだった。




