第5話「村はいつしか『奇跡の村』と呼ばれ、人が集まりだした。ちょっと目立ちすぎたか?」
コロの発見した温泉は、村の生活に革命をもたらした。
ガンツがすぐさま岩と木材で見事な湯屋を建て、俺たちは毎日、仕事の汗を温泉で流せるようになった。清潔な環境は伝染病を防ぎ、温かい湯は心身の疲れを癒してくれる。
村の発展は、さらに加速していった。
畑は広がり、小麦や米といった主食になる穀物の栽培も始めた。ガンツの鍛冶場では、改良された農具や調理器具が次々と生み出され、ミミが率いる警備隊(と言ってもまだ数人だが)が村の安全を守る。シルフィは薬草園を作り、怪我や病気に備えた。
コロが見つけてくれた鉱脈のおかげで、資源にも困らない。
何もない荒野から始まったこの場所は、わずか数ヶ月で、自給自足が可能な、活気あふれる共同体へと成長していた。
そして、当然のことながら、その噂は風に乗って広がっていった。
『荒野の真ん中に、突如として緑豊かな村が現れた』
『そこでは、どんな作物もすぐに実り、人々は飢えることがない』
『様々な種族が、手を取り合って暮らしているらしい』
そんな噂を聞きつけ、少しずつ、俺たちの村を訪れる者が現れ始めた。
最初にやって来たのは、痩せこけた人間の親子だった。戦乱で故郷を追われ、食べるものもなく彷徨っていたという。
「お願いです……どうか、一口、食料を分けてはいただけないでしょうか……」
母親がそう言って、深々と頭を下げる。その腕に抱かれた子供は、ぐったりとして動かない。
俺は迷うことなく、彼らを村に招き入れた。
シルフィが作った温かいスープを飲むと、親子は涙を流して喜んだ。
「こんな美味しいもの、何年ぶりに口にしたか……」
俺は彼らに、空いている家と、仕事を与えた。食料は十分にある。必要なのは、この村で共に生きていこうという意志だけだ。
その親子を皮切りに、村を訪れる者は後を絶たなかった。
家族を失った老人。戦いで傷ついた獣人の若者。研究場所を求めていたエルフの学者。より良い武具を作りたいと願うドワーフの職人。
俺たちは、来るものを拒まなかった。
種族も、出身も関係ない。この村のルールはただ一つ。「互いに助け合い、この土地で生きていくこと」。
人口はあっという間に五十人を超え、百人に達した。
ログハウスが建ち並び、畑の周りには果樹園もできた。ガンツの指導のもと、水路を利用した水車も作られ、製粉作業が自動化される。夜には、家々の窓から温かい光が漏れ、人々の笑い声が聞こえる。
かつて赤茶けた荒野だった場所は、どこからどう見ても、豊かな「村」になっていた。
いつしか、俺たちの村は、外から訪れる者たちによって、こう呼ばれるようになっていた。
『アルカディア』――理想郷、あるいは、『奇跡の村』と。
***
「ダイチ、ちょっといいか?」
その日、村の広場で見回りから戻ってきたミミが、神妙な顔で俺に声をかけてきた。
「どうした、ミミ。何かあったのか?」
「うん。村の周りで、見慣れない連中を何人か見かけたんだ。武装してるし、雰囲気もただの旅人じゃない。あたしたちの村を、探ってる感じだった」
ミミの言葉に、俺は眉をひそめた。
「……偵察、か」
村が大きくなり、豊かになれば、それを快く思わない者たちが出てくるのは当然のことかもしれない。特に、この辺り一帯を支配しているという領主にとっては、自分の許可なく作られたこの村は、目障りな存在だろう。
「ガンツにも話して、警備を強化しよう。シルフィ、村の子供たちや老人には、しばらく一人で村の外に出ないように伝えてくれ」
「はい、ダイチ様」
「了解だ!」
仲間たちに指示を出しながら、俺は胸の中に黒い靄が広がっていくのを感じていた。
スローライフな開拓生活を送りたい。ただ、それだけだったのに。
どうやら、この世界は、俺たちが静かに暮らすことさえ許してくれないらしい。
「面倒なことになりそうだ……」
俺は神農具の一つ、『開墾のクワ』を握りしめた。
このクワは、大地を耕すための道具だ。人を傷つけるためのものじゃない。
だが、もし、この村に住む仲間たちの笑顔を奪おうとする者が現れるなら――俺は、この力を使うことを躊躇しないだろう。
夕焼けが、村を赤く染めていた。
それはまるで、これから起こるであろう波乱を、暗示しているかのようだった。
平穏な日々は、終わりを告げようとしていた。




