第3話「屈強なドワーフと元気な獣人っ娘が加わった。一気に賑やかになりすぎじゃないか?」
シルフィとの二人暮らしが始まって数週間。俺たちの生活基盤は、驚くべき速さで整っていった。
『開墾のクワ』で畑を広げ、『潤水のスキ』で水路を整備し、『豊穣のカマ』で毎日新鮮な作物を収穫する。住居も、近くの森から切り出した木材と、クワが生み出す粘土質の土を固めて作ったレンガで、そこそこ立派なログハウスが完成した。
これも、シルフィが持つ植物や自然に関する知識のおかげだ。どの木が建材に向いているか、どの草が薬になるか。彼女はまさに、生きる知恵袋だった。
「ダイチ様、今日のスープ、絶品です!」
「だろ? 新しく収穫した玉ねぎを入れてみたんだ」
穏やかな昼下がり。手作りのテーブルで、二人で食事をするのが日課になっていた。一人で食べたカブの味も格別だったが、誰かと「美味しい」を共有できる食事は、もっとずっと心が温かくなる。
そんな平和な日常が、ある日、新たな来訪者によって少しだけ騒がしくなる。
***
その日、俺は家の近くに鍛冶場が欲しいと考えていた。農具の手入れや、生活用品を作るのに、どうしても火と金床が必要だったからだ。
「粘土で炉は作れるけど、金床代わりの頑丈な岩を探さないとな……」
俺が一人でぶつぶつ言いながら森の入り口あたりを物色していると、不意に背後から、地鳴りのような低い声が響いた。
「……そこの若いの。お前さんが、こんな荒れ地に畑を作ったっていう変わり者か?」
振り返ると、そこに立っていたのは、俺の倍はあろうかという筋骨隆々の大男だった。歳は四十代くらいだろうか。特徴的なのは、その背丈の低さと、見事に編み込まれた赤茶色の髭。
ドワーフだ。シルフィから聞いていた、山に住み、鍛冶を得意とする種族。
男は俺の足元から頭までをじろじろと値踏みするように見ると、ふん、と鼻を鳴らした。
「ひょろっとした兄ちゃんだな。こんなんで、どうやってこの岩だらけの土地を耕したんだ?」
その手には、刃こぼれのひどい斧が握られている。身なりは少し汚れているが、その眼光は鋭く、熟練の職人だけが持つ厳しさを宿していた。
「まあ、ちょっとした秘密がありまして。それより、あんたこそ、こんな場所で何を?」
俺が問い返すと、ドワーフは気まずそうに髭をいじった。
「……魔物との小競り合いで、愛用の斧がこのザマだ。近くに鍛冶ができる場所を探していたんだが……見渡す限り、この有様だからな」
なるほど、それで困っていたのか。
ちょうどいい。渡りに船だ。
「よかったら、うちに来ませんか? ちょうど俺も、鍛冶場が欲しいと思ってたんです。道具なら、なんとかしますから」
「なに? お前さん、鍛冶もできるのか?」
「いえ、俺は素人です。でも、アンタはプロでしょ? 教えてくださいよ、師匠」
俺がニッと笑って言うと、ドワーフは呆気にとられたような顔をして、やがて腹を抱えて豪快に笑い出した。
「がっはっは! 面白い若いのじゃ! よかろう! このガンツ様が、一から鍛冶のイロハを叩き込んでやるわい!」
ガンツと名乗ったドワーフは、驚くほど仕事が早かった。俺がクワで掘り出した鉄鉱石(これも神農具の隠し機能だ)と、森の木で作った炭を渡すと、彼は目を輝かせ、即席の炉と石の金床で、みるみるうちに新しい斧を打ち上げたのだ。その手際の良さは、まさに神業だった。
「これでよし。おぅ、若いの、約束通り、お前さんの農具も見てやろう」
ガンツは俺の神農具を手に取ると、その表情を驚愕に染めた。
「な……なんだ、この金属は……!? オリハルコン……いや、それ以上の神気を帯びておる……!」
興奮するガンツに神農具のことを説明すると、彼は「女神様の神器とは……!」とひれ伏さんばかりに感動していた。
こうして、俺たちの開拓地に、頼れる鍛冶師が加わった。
***
そして、その日の夕方のこと。
ガンツの歓迎会も兼ねて、少し豪華な夕食を準備していると、今度は森の方から、けたたましい叫び声と、獣の咆哮が聞こえてきた。
「きゃああああ!」
「グルルルァァァ!!」
「何か来たぞ!」
ガンツが打ち直した斧を手に、俺もカマを握りしめて音のした方へ走る。シルフィは弓を構え、俺たちの後方に続く。
森を抜けた先の開けた場所で、俺たちはそれを見た。
巨大な牙を持つ猪のような魔物が、一人の少女に襲いかかろうとしていた。小柄な少女は、腰に巻いたポーチから何かを取り出しては投げつけているが、全く効いている様子がない。
まずい、間に合わない!
そう思った瞬間、少女は猫のようにしなやかな動きで、ぐっと身をかがめた。
「にゃめないでよねっ!」
愛らしい顔に似合わない威勢のいい叫び声と共に、彼女は驚異的な跳躍力で魔物の懐に飛び込むと、懐から取り出したナイフで、その喉元を掻き切った。
巨体が、地響きを立てて倒れる。
少女は、ふぅ、と一息つくと、くるりとこちらを振り返った。ぴんと立った猫の耳に、ふさふさの尻尾。活発そうな栗色の瞳。
猫の獣人族だ。
彼女は俺たちを認めると、へへっ、と悪戯っぽく笑った。
「あ、見られちゃった? ご飯の匂いがしたから、つい来ちゃったんだ。あたし、ミミっていうの! ねぇ、そこのおっきな猪、食べてもいい!?」
天真爛漫なその言葉に、俺とガンツ、シルフィは顔を見合わせて、思わず苦笑いしてしまった。
ミミと名乗った猫獣人の少女もまた、魔物に住処を追われ、食べ物を探して彷徨っていたらしい。彼女の戦闘能力は本物で、村の周りをうろつく魔物を一人で狩ってしまうほどだった。
こうして、エルフのシルフィ、ドワーフのガンツ、そして猫獣人のミミが仲間になった。
俺、大地を含めて四人。
たった一人で始まった荒野の開拓は、いつの間にか、様々な種族が集う、賑やかな場所になっていた。
ログハウスを増築し、食卓を囲む人数も増える。
笑い声が絶えないこの場所が、俺はたまらなく好きになっていた。ここが、俺の新しい居場所なんだ。そう、実感していた。




