第2話「初めての仲間は、はらぺこエルフ少女でした。」
神農具のおかげで、水と食料の問題はあっさり解決した。
とりあえずの寝床として、近くにあった岩場の影に風除けの石を積み、夜を越す。幸い、夜もそれほど冷え込まず、快適とは言えないまでも無事に朝を迎えることができた。
朝日に照らされた荒野は、昨日と変わらず殺風景だ。
「さて、今日も一日、頑張りますか」
俺は大きく伸びをすると、さっそく『開墾のクワ』を手に取った。
昨日作った畑は、わずか一日で消費するには多すぎるほどの作物を実らせてくれた。だが、女神様の言葉を信じるなら、この世界には飢えている人々がいる。それに、いつまでも野宿というわけにもいかない。まずは拠点となる家を作り、畑を広げ、食料を備蓄する必要があるだろう。
クワを振るい、畑を広げる。スキで水路を引き、種を蒔き、カマで成長を促す。
作業は驚くほど順調に進んだ。前世では一日中パソコンと向き合っていた俺が、こうして土に触れているのが不思議な気分だった。だけど、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、自分の手で何かを生み出しているという実感に、満たされた気持ちにさえなっていた。
昼過ぎには、昨日よりもずっと広い畑が完成し、色とりどりの野菜が実っていた。
「ちょっと休憩にするか」
採れたてのトマトにかじりつきながら、泉のほとりに腰を下ろす。太陽の光をたっぷり浴びたトマトは、甘くて味が濃い。最高の贅沢だ。
そんなことを考えていた、その時だった。
ガサッ、と遠くの岩陰で何かが動く音がした。
「……ん?」
野生動物だろうか。この世界にどんな生き物がいるのか、俺はまだ知らない。念のため、『豊穣のカマ』を手に取り、身構える。いざとなれば、植物を操って足止めくらいはできるかもしれない。
俺は音を立てないように、ゆっくりと岩陰に近づいていく。
そして、そっと中を覗き込み――息をのんだ。
そこにいたのは、獣ではなかった。
銀色の長い髪、そして特徴的な、長く尖った耳。薄汚れてはいるが、仕立ての良さそうな服を着た少女が、ぐったりと倒れていたのだ。
「エルフ……?」
ゲームや映画で見た、あの幻想的な種族にそっくりだった。歳は俺よりいくつか下に見える。十五、六歳くらいだろうか。
彼女はひどく衰弱しているようで、荒い呼吸を繰り返している。唇は乾ききっていた。
俺は警戒心を解き、慌てて駆け寄った。
「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」
声をかけると、彼女はうっすらと瞼を開いた。透き通るような翠色の瞳が、ぼんやりと俺を映す。
「……だれ……?」
か細い声でつぶやくと、彼女は再び意識を失ってしまった。
このままでは危ない。
俺は彼女を慎重に抱え上げると、泉のそばまで運んだ。思った以上に軽い。ちゃんと食事を摂れていないのだろう。
ひとまず、濡らした布で彼女の唇を湿らせてやる。そして、何か食べさせないと。
幸い、食料は豊富にある。俺は昨日収穫したジャガイモと、そこらへんに生えていた香りの良い草(これも神農具で鑑定済みだ。食べられる)を使って、即席のスープを作ることにした。
火を起こす道具はなかったが、そこは文明の利器――というより、前世の知識が役に立った。乾いた木と石を使い、なんとか火種を作ることに成功する。石を組んで即席のカマドを作り、これまた都合よく持っていた金属製の水筒でスープを煮込んだ。
ジャガイモが柔らかくなる頃、少女が再び目を覚ました。
「……ここは……?」
「気がついたか。大丈夫、何もしないよ。とりあえず、これを飲んで」
俺は水筒から木の器に移したスープを、ゆっくりと彼女の口元へ運んでやった。
最初はおびえた様子だった彼女も、スープの香ばしい匂いに、こくりと喉を鳴らした。そして、おそるおそる一口、スープを口に含む。
その瞬間、彼女の翠色の瞳が、驚きに見開かれた。
「……おいし……い……」
それからは、もう夢中だった。よほどお腹が空いていたのだろう。あっという間に一杯を飲み干してしまった。
「おかわり、あるぞ」
俺が言うと、彼女はこくこくと力強く頷いた。
二杯目のスープを飲み干す頃には、彼女の顔にも少し血の気が戻っていた。
「ありがとう……ございます。助けて、いただいて……」
「いいんだ。それより、君、名前は?」
「シルフィ、と申します。あなたは?」
「俺はダイチ。相川大地だ」
「ダイチ……様」
シルフィと名乗ったエルフの少女は、自分の身の上をぽつりぽつりと語ってくれた。
彼女の故郷の森は、魔物に襲われて滅んだらしい。命からがら逃げ出したものの、仲間とはぐれ、この荒野を何日もさまよっていたのだという。
「もう……ダメかと思いました。水も食べ物も尽きて……」
そう言って、シルフィの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
俺はなんて声をかければいいか分からず、ただ黙って彼女の隣に座っていた。
故郷を失い、一人でこの過酷な世界を彷徨う。その恐怖と絶望は、俺の想像を絶するものだろう。
しばらくして、涙が止まったシルフィが、ふと顔を上げた。
「あの……さっきのスープ、本当に美味しかったです。あんなに優しい味のするものを食べたのは、生まれて初めてでした」
「そ、そうか? ただの芋のスープだけど」
「いいえ。ダイチ様の優しさが、たくさん入っていました」
シルフィはそう言って、はにかむように微笑んだ。その笑顔は、この殺風景な荒野には不釣り合いなほど、可憐で、美しかった。
俺はなんだか照れくさくなって、頭をかいた。
「よかったら、もっと食べていけよ。野菜なら、うんざりするほどあるからさ」
俺が畑を指さすと、シルフィは信じられないといった表情で目を見開いた。
「ここ……全部、ダイチ様がお一人で……?」
「まあな。ちょっと便利な道具を持ってるんだ」
この日から、俺の開拓生活は二人になった。
シルフィは、衰弱していたのが嘘のように、すぐに元気を取り戻した。彼女は植物に関する知識が豊富で、俺が神農具で育てた作物の最適な調理法や、薬草として使える植物のことを教えてくれた。
一人きりだった荒野の生活に、話し相手がいる。それだけで、世界が少し色づいて見えた。
「シルフィ、今日の昼飯、何がいい?」
「はい! 今日はカブを使ったポタージュが食べたいです」
他愛もない会話。前世では、こんな穏やかな時間を過ごしたことなんてなかった。
俺は、このささやかな日常を守りたい、と心から思った。
シルフィという初めての仲間を得て、俺の異世界農業ライフは、新たな一歩を踏み出したのだった。




