エピローグ「荒野に蒔かれた一粒の種」
あれから、数年の月日が流れた。
かつて荒野と呼ばれた大地は、今や見渡す限りの緑に覆われている。アグリトピア王国は、大陸で最も豊かで、平和な国として、その名を知られるようになった。
俺、相川大地は、相変わらず国王という名の、ただの農民だ。
朝、鳥の声で目を覚まし、愛する妻、シルフィの淹れてくれたコーヒーを飲む。彼女との間には、昨年、可愛らしい女の子が生まれた。銀色の髪と、俺によく似た黒い瞳を持つ、天使のような子だ。
「パパ、おはよう!」
「おはよう。今日は、畑仕事を手伝ってくれるのか?」
「うん! ミミお姉ちゃんみたいに、強くなるの!」
娘はそう言って、小さな木のクワを、楽しそうに振り回している。
そんな微笑ましい光景を、ミミとガンツが、縁側から見守っていた。
ミミは、今や王国騎士団の総長として、国の防衛を一手に担う、頼もしい存在になった。だが、こうして俺の家に遊びに来ると、昔と変わらず、やんちゃな妹のようだ。
ガンツは、ドワーフ族の長老となり、後進の指導にあたっている。彼が作り出す工芸品は、国の大事な輸出品だ。
「ダイチ、お前さんの顔、すっかり父親の顔になったな」
「そうかにゃ? あたしは、まだまだダイチをお婿さんにするの、諦めてないんだからね!」
ミミの言葉に、シルフィが頬を膨らませる。いつもの光景だ。
俺たちの周りでは、様々な種族の子供たちが、一緒に駆け回っている。人間も、エルフも、ドワーフも、獣人も、ここでは、皆が家族だ。
大きく立派に成長したコロは、今や国の守護神獣として、皆から敬われている。だが、俺の前では、今でも甘えたように、その大きな頭を擦り付けてくる。
俺は、かつて自分が最初に耕した畑に立つ。
目の前には、黄金色に輝く小麦畑が、風に揺れていた。
ふと、空を見上げる。
どこかで見守ってくれているだろうか。俺をこの世界に導いてくれた、豊穣の女神セレスティア様。
『――ええ、見ていますよ、ダイチさん。素晴らしい国になりましたね』
不意に、懐かしい声が、頭の中に響いた。
『あなたが蒔いた一粒の種は、荒野を楽園に変え、人々の心に、愛という名の花を咲かせました。約束は、見事に果たされましたね』
その声は、優しく、そして、満足げだった。
俺は、胸に込み上げてくる温かいものを感じながら、心の中で答える。
(はい。この国は、みんなの楽園です)
遠くから、子供たちの笑い声が聞こえる。
それは、俺が神農具で築き上げた、何よりも尊い、最高の収穫物だった。
憎しみを愛に変え、争いを実りに変える。
それは、どんな英雄の剣でも成し遂げられない、一人の農民から始まった、優しくて、温かい革命の物語。
そして、この物語は、まだ始まったばかり。
この緑豊かな大地で、これからも、たくさんの笑顔と、幸せの種が、芽吹いていくのだろう。
俺は、愛する娘を肩車すると、どこまでも続く、青い空を見上げた。
さあ、明日も、畑を耕そう。
この素晴らしい世界で、最高の仲間たちと一緒に。
――完――




