番外編「アグリトピア、初めての収穫祭!」
魔王軍との戦いから、一ヶ月。
アグリトピアには、すっかり平穏な日常が戻っていた。
戦いの元凶であった魔王は、世界樹の浄化の力によって、その邪悪な心を失い、今では北の大陸で、静かに世界の再生を見守っているという。
そして今日、アグリトピアでは、建国以来、初めてとなる『収穫祭』が開催されることになっていた。
国中がお祭りムード一色だ。広場には、たくさんの屋台が並び、子供たちの楽しそうな笑い声が響き渡っている。
「わーい! ダイチの作る焼きトウモロコシ、最高!」
ミミが、両手に持ったトウモロコシを、幸せそうに頬張っている。その口の周りは、醤油のタレでベトベトだ。
「こら、ミミ。少しはしたなくないように食べなさい」
シルフィが、呆れたように言いながら、ハンカチでミミの口元を拭いてやっている。その光景は、まるで姉妹のようだ。
「がっはっは! こういう祭りはいいもんだな! 酒がうまい!」
ガンツは、ドワーフ仲間たちと、昼間から大ジョッキでエールを呷っている。
俺は、そんな仲間たちの姿を、屋台の中から微笑ましく眺めていた。
国王である俺が、なぜ屋台で焼きトウモロコシを売っているのか。それは、俺自身が、誰よりもこの祭りを楽しみたいと思ったからだ。玉座に座ってふんぞり返っているなんて、性に合わない。
「はい、お待ちどう! 焼きたてだよ!」
俺が焼きトウモロコシを差し出すと、人間の子供が、嬉しそうにそれを受け取った。その隣では、エルフの子供と獣人の子供が、仲良くリンゴ飴を舐めている。
この光景だ。
俺が、命を懸けて守りたかったものは。
「ダイチ王、大人気ですね」
ふと、隣から声をかけられた。見ると、エプロン姿のラングフォード元子爵――今は、この国で俺の補佐官をしてくれているラングフォードさんが、苦笑いを浮かべて立っていた。
「ラングフォードさんも、楽しんでますか?」
「ええ、まあ。ですが、国王自ら屋台を出すというのは、いかがなものかと……」
「いいじゃないですか、今日くらい。これも、民との触れ合いですよ」
俺が笑って言うと、ラングフォードさんは「あなたには敵いませんな」と肩をすくめた。
彼は、戦いの後に正式に謝罪に来て、俺たちの国の理念に感銘を受け、自らの領地を返上し、一市民としてアグリトピアに移住してきたのだ。真面目で有能な彼のおかげで、俺は国政の細かい部分を任せることができ、こうして農作業や祭りに集中できる。
***
日が暮れると、広場の中央に大きなキャンプファイヤーが焚かれた。
陽気な音楽が奏でられ、人々は種族の垣根を越えて、手を取り合い、輪になって踊り始める。
俺も、シルフィに手を引かれて、踊りの輪に加わった。
ステップなんてめちゃくちゃだったけど、ただ、楽しかった。隣で踊るシルフィの笑顔が、炎に照らされて、きらきらと輝いている。
ミミは、持ち前の身体能力で、アクロバティックなダンスを披露して、拍手喝采を浴びていた。ガンツは、ドワーフたちと肩を組んで、高らかに歌っている。
コロは、子供たちに囲まれて、嬉しそうに尻尾を振っていた。
この国に住む、誰もが笑顔だった。
踊り疲れて、輪から外れた俺のところに、シルフィがそっと寄り添ってきた。
「……素晴らしい夜ですね、ダイチ様」
「ああ、そうだな。最高の収穫祭だ」
「これも、ダイチ様が、この国を、私たちを守ってくださったおかげです」
「違うよ。俺一人の力じゃない。シルフィたちが、この国に住むみんなが、一緒に戦ってくれたからだ」
俺たちは、しばらく黙って、目の前で繰り広げられる、平和で、温かい光景を眺めていた。
やがて、シルフィが、俺の服の裾を、きゅっと掴んだ。
「あの……ダイチ様」
「ん?」
「これからも……ずっと、私の隣に、いてくれますか?」
上目遣いで、少し顔を赤らめながら言うシルフィ。
その姿に、俺の心臓が、大きく跳ねた。
俺は、照れくささを隠すように、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「当たり前だろ。俺は、ここの王様で、ただの農民で……そして、お前の仲間だからな」
俺の言葉に、シルフィは、満開の花が咲くように、幸せそうに微笑んだ。
祭りの夜は、まだまだ終わらない。
アグリトピアの空に、人々の笑い声と、幸せな音楽が、いつまでも響き渡っていた。




