第10話「大地の奇跡。俺は農民だ。種を蒔き、平和な未来を収穫する!」
魔王軍の進撃を告げる、不気味な角笛の音が鳴り響いた。
「全軍、突撃ィィィ!!」
黒い軍勢が、地響きを立ててアグリトピアの城壁へと殺到する。先陣を切るのは、巨大な斧を振り回すオークの集団だ。
「撃てぇー!」
城壁の上から、ガンツの号令が飛ぶ。
ドワーフたちが開発した連射式の弩が火を吹き、投石機が巨大な岩を放物線状に投げつけた。オークの群れに、いくつもの血しぶきが上がる。
だが、敵の数は多すぎた。
倒れても倒れても、後続が波のように押し寄せてくる。
「壁に取りつかれたぞ!」
オークたちが、城壁をよじ登り始めた。
「ミミ、頼む!」
「任せて!」
ミミ率いる獣人部隊が、壁の上を疾風のように駆け抜ける。その爪と牙が、オークたちを次々と引き裂き、城壁の下へと叩き落としていく。
だが、敵の猛攻はそれだけではなかった。
後方から、魔導士たちの詠唱が始まる。空が黒い雲に覆われ、巨大な火球や雷が、雨のように城壁に降り注いだ。
「シルフィ!」
「はい! 『聖なる癒しの風』!」
シルフィとエルフたちが、一斉に杖を掲げる。城壁全体が、柔らかな光のドームに包まれ、敵の魔法を弾き返した。
一進一退の攻防。
アグリトピアの戦士たちは、皆、必死に戦っていた。だが、兵力の差はいかんともしがたく、少しずつ、確実に、味方の消耗が激しくなっていく。
このままでは、ジリ貧だ。
俺は、覚悟を決めた。
「――みんな、少しだけ、時間を稼いでくれ」
俺は仲間たちにそう告げると、城壁から飛び降り、国の中心にある、最も大きな畑へと向かった。
ここが、アグリトピアが始まった場所。俺が、最初に種を蒔いた場所だ。
俺は畑の真ん中に立つと、目を閉じ、意識を集中させた。
そして、三つの神農具を、大地に突き立てる。
『開墾のクワ』『豊穣のカマ』『潤水のスキ』。
俺は、ただの農具ではない。この星そのものの生命力を宿した、奇跡の神器。
女神セレスティアは言った。この世界を、かつての緑豊かな姿に戻してほしい、と。
それは、武力で敵を滅ぼすことじゃない。
荒れ果てた大地を、憎しみに満ちた心を、生命の力で『浄化』することだ。
「頼む……俺に、力を貸してくれ……! この国を、皆を、守る力を!」
俺の祈りに応えるかのように、三つの神農具が、眩いほどの光を放ち始めた。
クワから、カマから、スキから、膨大な生命エネルギーが、大地へと流れ込んでいく。
それは、大地を耕し、作物を育て、水を巡らせる、根源的な『生』の力。
アグリトピアの地下深くに眠っていた、巨大な生命の脈動が、目を覚ます。
戦いの喧騒が、一瞬、止まった。
敵も、味方も、誰もが、アグリトピアの中心で起きている異変に気づき、空を見上げた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
王国全体が、大きく揺れた。
そして、俺が神農具を突き立てた場所から、巨大な光の柱が天を突いた。
光が収まった時、そこに現れたのは、巨大な一本の樹木だった。
天まで届くかと思うほどの、巨大な世界樹。その枝葉は青々と茂り、優しい緑色の光を放っている。
「な……なんだ、あれは……!?」
魔王軍の指揮官が、狼狽の声を上げた。
世界樹は、その枝を大きく広げると、戦場全体に、光の粒子を振りまき始めた。
それは、生命の息吹そのものだった。
光の粒子に触れた、傷ついたアグリトピアの兵士たちの傷が、みるみるうちに癒えていく。疲弊した体に、新たな活力がみなぎる。
「力が……蘇ってくる!」
「まだ戦えるぞ!」
味方の士気が、爆発的に高まった。
逆に、魔王軍の魔物たちは、その聖なる光を浴びて、苦しみ始めた。
「グギ……」「ギャアアア!」
彼らの体から、邪悪な瘴気が霧のように消えていく。憎しみと狂気に満ちていたその瞳に、穏やかな光が戻っていく。凶暴性を失った魔物たちは、戦うことをやめ、呆然と立ち尽くした。
「ば、馬鹿な……! 我が軍が、浄化されているだと!?」
指揮官が叫ぶが、もう遅い。
世界樹の力は、戦場全体を覆い尽くし、すべての邪悪を浄化していった。
黒い雲は消え去り、空には、澄み切った青空が戻ってきた。
こうして、戦いは終わった。
血を流すことなく、憎しみの連鎖を断ち切る形で、アグリトピアは勝利したのだ。
俺は、世界樹の根元に、静かに座り込んでいた。全身の力を使い果たし、指一本動かせない。
そんな俺の元に、仲間たちが駆け寄ってきた。
「ダイチ!」
「ダイチ様!」
シルフィも、ミミも、ガンツも、皆、涙を浮かべていた。
俺は、そんな彼らに向かって、力の限りの笑顔を作って見せた。
「……ただいま」
その言葉に、シルフィが泣き笑いの表情で、答えた。
「……おかえりなさい、ダイチ様!」
その一言が聞きたくて、俺は戦った。
アグリトピアに、平和が戻った。
これは、俺だけの力じゃない。この国を愛する、皆の想いが起こした奇跡だ。
俺は、ただの農民だ。
でも、農民だからこそ、知っている。
一粒の種が、やがて大きな森を作るように。
小さな想いも、集まれば、世界を変える奇跡を起こせるのだと。
俺は、仲間たちに支えられながら、自らが築いた王国を見上げた。
空は、どこまでも青く澄み渡っていた。




