聖人の番である聖女はすでに壊れている~姉を破壊した妹を同じように破壊する~
第1話
この国では聖人と聖女の運命の#番__つがい__#が産まれる。
聖人は治癒力と結界を――
聖女は祈りと聖魔法を――
それぞれ力を手にして生まれるのだった。
それは今もなお続くテュペル国の奇跡である。
しかしそれは踏みにじられた。
聖人ヴィンスは番の聖女を探していた。
やがて見つけ出した聖女ウルティアは――すでに壊れていた。
「ああ、あぁ……あなたは死刑執行人ね……? 私の心臓をくり抜いて、異端者の証として王様に持ち帰るのね……? お願い……お願い……見逃して……! 妹が代わりに聖女になるから……! ひぃあぁッ……きゃあああああああああぁッ!」
ヴィンスは友人クレイグと共に屋敷の地下室へ踏み入った。
すると鎖に繋がれたウルティアが訳の分からないことを叫んだ。
これは、壊れている……――ヴィンスもクレイグも酷く心を痛めた。
「かなり酷いな……。手も足も拷問された所為で、不自由になっている……。歯も神経部分を削られて拷問されたようだ……。体中に新しい鞭の跡があるが、これは侍女がつけたものだろう……。きっと苦しみの中で狂ったんだ……」
「よし、侍女を殺そう。問題ないな、クレイグ」
「ああ、ヴィンス。俺がいれば無問題だ」
そしてヴィンスは結界魔法を使い、喚き散らす侍女を殺した。
侍女の周りに結界を展開して徐々に狭めるという殺害方法だった。
やがて叫び疲れて眠ってしまったウルティアに近付き、男二人は言う。
「さあ、天才宮廷魔術師のクレイグよ。透視を始めてくれ」
「分かってるよ、ヴィンス。さあ、行くぞ――」
今まで居場所が分からなかったウルティアを見付けたのはクレイグである。
天才である彼は透視の技法を極め、一切を見通せるようになったのだ。
その力を使って――ウルティアの妹システィアを探し出していた。
「何だと……? 妹のシスティアがパトレイト国で聖女をしているだと……? 妹は聖力がないはずだが……王族や貴族に囲まれて、かなり良い暮らしをしているみたいだな……? しかも祈りと聖魔法を使っている……? どういうことだ……?」
「きっと姉のウルティアの聖力を奪ったんだ! もっと透視してくれ!」
そしてクレイグはシスティアの全てを覗き込んだ――
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第2話 偽聖女システィア視点 勝利の笑い
システィアは幸せな人生を謳歌していた。
馬鹿な姉はテュペル国の屋敷に置き去りにした。
きっと今頃、侍女に虐待されて泣き叫んでいるだろう。
「システィア様! 恋の聖魔法を使って下さる? 陛下がつれないの!」
「ええ、勿論ですわ。王妃殿下」
ほら、王妃ですら自分を敬いつつ頼ってくる。
私はこの国で絶対的な地位を手に入れたわ――システィアは嫣然と笑む。
姉ウルティアの聖力も、祈りの力も、聖魔法も、全部全部自分のもの。
それだけじゃない、姉の持っていた良いものは全部手に入れた。
「ああ、システィア様って本当に優雅ね……」
「そうね、淑女の鑑だわ……」
システィアの立ち振る舞いに、貴婦人ですら魅了される。
「おい、システィア様だ……何て美しいんだろう……」
「本当だ……こっちを向いてくれないかな……」
システィアの輝ける美貌に、どんな紳士でも魅了される。
「うふふ、私って本当に罪な女ね――」
システィアは王侯貴族の称賛の声の元、有頂天になる。
地位も、名誉も、金も……あらゆる栄華が自分のものである。
それもこれも自分が優秀だったから。
それもこれも姉が間抜けだったから。
正直、聖女としての責任感ある姉は大嫌いだった。
だからシスティアは知り合いの黒魔術師に頼んで、姉を呪ったのだ。
その呪いはあまりに素晴らしく、独占するため黒魔術師を殺したほどだ。
あれは精神魔術式の奥深くに入り込み、同化する。
普通の魔術師には決して弄ることができない。
だから自分の栄華はこのまま続く!
「ふふふう……あははははははぁ……――」
システィアは勝利の笑い声を上げた。
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第3話
「分かったぞ。システィアは“呪いの#楔__くさび__#”をウルティアに打ち込んだんだ」
「呪いの楔? 何だそれは?」
そしてクレイグは説明を始めた。
「魔法でできた鎖付きの楔を想像してくれ。それを精神の遺伝子と呼ばれる精神魔術式へ打ち込むんだ。するとその楔は人体魔術式の奥深くへ食い込み、鎖の先端を持っている者に従う。つまり楔がウルティアからあらゆる良いものを奪い、それが鎖を伝ってシスティアに流れ込んでいるんだ」
「やはり……ウルティアは搾取されていたのか……」
ヴィンスは怒りのあまり壁を叩く。
すると眠っていたウルティアが目を覚ました。
「あうあぁ……怖いよぉ……。壁をどんって叩くと侍女が来るよぉ……。そして大きな蛇で、私の体を叩くんだぁ……。あなたもそうするのぉ……?」
「大丈夫だよ、ウルティア! そんなことしないよ!」
ヴィンスは震えるウルティアを掻き抱く。
そんな姿を見たクレイグはある復讐を言い出した。
「ヴィンス、少し時間をくれないか? 俺がこの楔と鎖を解析しよう」
「解析……? そうして、どうするんだ……?」
「魔術式の変換を行うんだよ。鎖の先端を楔に変え、楔を鎖の先端に変えるんだ。そうしたら、一体何が起きると思う?」
「なるほど……奪い返すのか! 頼んだ、クレイグ!」
そうしてクレイグの挑戦が始まった。
ウルティアに寄り添って呪いの楔を解析する。
それと同時に、ヴィンスは彼女の痛みを癒していた。
やがて丸一日が経った頃――
突如クレイグが叫び声を上げた。
「やった! やったぞ! 鎖の先端と楔を入れ替えた!」
「よくやってくれた、クレイグ! やっぱりお前は天才だ!」
二人の男はひしと抱き合い、喜び合う。
やがて興奮が収まると、二人は計画を語り合った。
「システィアがウルティアから奪ったものは大きく分けて三つだ。それをひとつずつ奪い返していく。この水晶玉にシスティアが映し出されるようにしたから、大切なものを失う姿が見れるだろう」
「ああ、目にもの見せてくれよう。まずは何を奪い返す?」
そしてクレイグはちらりとウルティアを見た。
「そうだな、まずは……――」
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第4話 偽聖女システィア視点 淑女としての美徳
昨日から、何だか頭が痛い。
どうしたのだろうかとシスティアは落ち込む。
今日は国王と王妃主催のお茶会があるというのに体調が優れない。
休んでしまおうか――一瞬そう思ったが、やめた。
自分は貴族社会の華であるから、社交の場には欠かせないのだ。
「ご機嫌よう」
「ええ、ご機嫌よう」
貴婦人達は柔らかく挨拶をして、席に着く。
システィアはドカッと乱暴に席に着いた。
すぐ横の者が見てくるが、無視である。
「今日はわたくし達のために来て下さり、感謝します。どうか楽しい時を過ごして下さい。それが陛下とわたくしの何よりの幸せです」
そしてお茶会は始まった。
給仕達が歩き回り、お茶を注いでいく。
システィアはお茶を入れてくれた給仕に色目を使った。
「あら、素敵な殿方ね? お茶会の後で一緒に休憩しない?」
その露骨な誘いに貴婦人達は目を瞠った。
あの優雅なシスティアが、あからさまに男を誘っている――
「シ、システィア様……?」
「どうなされたのですか……?」
その言葉にシスティアは鼻を鳴らした。
「フンッ、雌豚が。私の男を盗るなよ?」
「ええっ……!?」
「そんな……!?」
それからシスティアはやりたい放題だった。
お茶には角砂糖をいくつも入れる――
給仕にお酒を頼み、断られて毒づく――
大股を開いて座り、貧乏揺すりをする――
あまりに礼儀を欠いたその態度に、ついに王妃が我慢の限界を迎えた。
「――システィア様、どうぞご退席下さい」
「はぁ!? 何でよ!?」
「あなたのように無礼な方にお茶会にいてほしくないのです」
「ハンッ! 私こそ、アンタみたいな色ボケ相手にしたくないわ!」
「い……色ボケですって……!?」
そしてシスティアは席を立って憤然と歩いていった。
彼女が不敬罪で訴えられなかったのはこれまでの功績があったからだ。
しかし我慢できるのは一度まで――国王と王妃はシスティアに目を光らせた。
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第5話
「なるほど、あの妹は姉から淑女としての美徳を奪っていたのか」
「ああ、ウルティアを見てみろ。前は獣のようだったが、今は姫のようだ」
ウルティアはすやすやと眠っていた。
かつては寝相が悪かったが、今では行儀良く寝ている。
そんな愛らしいウルティアを見て、ヴィンスは微笑まし気に頷いた。
「僕のウルティア……目覚めたら好きなものを買ってやろう……」
「ああ、それがいい。少し休憩した方がいいだろう」
そして二人はウルティアが目覚めるのを待ち、街へ出た。
足の不自由な彼女をヴィンスは軽々と抱き上げて歩く。
やがてウルティアはおもちゃの店の前でこう訴えた。
「ねぇ、伯爵様。私、あの熊さんが欲しいですわ」
「ああ、あれが欲しいんだね? 僕は伯爵じゃないが、買ってあげよう」
そして男達は大きな熊のぬいぐるみと玩具のティーセットを買って帰った。
それを屋敷の客間に置いてやると、ウルティアはごっこ遊びを始めた。
「そうよ、王子様。中指、人差し指、親指で取っ手を支えてティーカップを持ち上げるんですわ。ええ、お上手ですわ。流石、王子様です」
ウルティアは熊のぬいぐるみ相手に礼儀作法を教えている。
そこにヴィンスも混ざって、楽しいお茶会になった。
「まあ、伯爵様ったら、とてもお上手なのね?」
「僕はウルティアのことが大好きだからね」
「でも私には王子様がいますわよ?」
そう言って、ウルティアは熊のぬいぐるみをチラリと見る。
「王子様って……君の王子様は熊なのかい?」
「いいえ、伯爵様。私の王子様は運命の番なんです」
「運命の……――」
「ええ! ずっとずっと探していた番の王子様なんです!」
そう言って熊のぬいぐるみを抱き締めるウルティア――ヴィンスはそんな彼女を見て、目を潤ませていた。
「早く……早く正気に戻してやらないと……」
「ああ、ヴィンス。すぐに仕事へ戻ろう」
「次は何を奪い返す?」
その問いにクレイグは頷いた。
「そうだな、次は……――」
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第6話 偽聖女システィア視点 祈りの力と聖魔法
システィアは苛々していた。
あのお茶会から、王妃は自分を呼び出さなくなった。
王妃から一番金を巻き上げていたのに――彼女は歯噛みする。
まさかあのお茶会での言動に怒っている訳ではあるまいか。
しかしあんなのはごく普通の振る舞いだ、怒るはずがない。
ではなぜ呼ばれないのか。
きっとあの色ボケババアはお金が無くなったのだ。
王妃に見切りをつけた彼女は二番目の金づるである公爵夫人を訪ねた。
「こんにちは、公爵夫人! 聖魔法はいかが?」
「え、ええ……システィア様……。どうぞ中へお入り下さい……」
いつもと様子が違うシスティアに公爵夫人は戸惑った。
しかし丁度困っているところだったのでシスティアを屋敷へ入れた。
システィアは礼儀作法を無視してお茶を飲むと、こう言った。
「公爵夫人は恋の聖魔法を使いたいのよね?」
「はい……! 夫を浮気相手から、引き離して下さい……!」
「お安い御用よ! さあ、手を出して!」
そしてシスティアは公爵夫人の手を握った。
いつもならその手が光り輝き、聖魔法が相手に宿るはずである。
しかしいくら念じても、聖魔法は発動しなかったのだ。
「シ、システィア様……? どうしたのです……?」
「チッ! 今日は上手くいかないわ! でも代金はいただくわよ!」
狼狽える公爵夫人から無理矢理金を奪うと、システィアは屋敷を去った。
それから何度かそんなことがあり、彼女は信用を失っていった。
彼女はひとり祈った――聖魔法が戻りますようにと。
いつも困った時は祈ることがほどんどである。
そうすると天啓が浮かび、物事がうまく進むのだ。
しかし今回はどんなに祈っても何も思い浮かばなかった。
「どういうことなの……?」
そんな時、システィアの元へ一通の手紙が届いた。
それは王宮からの手紙で、こう綴られていた。
“偽聖女システィア
この国の聖女の任を解きます。
二度と聖女の名を語らぬように。”
手紙には王家の紋章が刻印してあり、それが国王の意志であると知る。
システィアは怒りのあまり震えていた――聖魔法で復讐してやる。
しかしどんなにあがいても聖魔法は使えなかったのである。
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第7話
「やはりな。あの妹は姉から祈りの力と聖魔法を奪っていたのか」
「ああ、ウルティアを見てみろ。聖魔法を使いこなしている」
ウルティアを見ると、彼女は手の平を輝かせていた。
それはあまりに清浄な光で、とても神々しい。
彼女はそれを熊のぬいぐるみに放った。
「見て見て、伯爵様! 私、魔法が使えますわ!」
ウルティアは熊を浮遊させ、嬉しそうに笑っている。
それを見詰めるヴィンスとクレイグも微笑んでいた。
「良かったね、ウルティア。君は素晴らしい才能を持っている」
「ああ、ウルティアは凄いよ。きっと誰よりも魔法を上手く使える」
「うふふ! 私、この魔法で沢山の人を救いますわ! 見ていて下さいね!」
そう言ってウルティアは熊のぬいぐるみの額にキスをした。
すると熊には仮初めの命が宿り、トコトコと歩き出した。
熊は丁寧なお辞儀をして、彼女をダンスに誘う。
「まあ、王子様! 私とダンスがしたいのですね?」
それを目にしたヴィンスは少しだけ嫉妬に駆られた。
手を取り合って踊る熊とウルティアを恨めそうに見詰める。
「おい、嫉妬するな。それより祈りを教えてやれ」
「祈り……? 何を祈らせるんだ……?」
「俺達の計画が上手くいくようにだよ」
そしてヴィンスはウルティアに祈りを教えた。
「神様……神様……どうか私達の全てが上手くいきますように……」
「そうだよ、ウルティア。君の祈りは本当になる」
「そうなんですか、伯爵様。教えて下さって、ありがとうございます」
ウルティアはにっこりと微笑んだ。
それは天使の笑みだったが、その歯はボロボロだ。
顔もそばかすだらけで、お世辞にも可愛いとは言えない。
「クレイグ……そろそろ顔を戻してやってくれ……」
「分かってるよ。そうするつもりだった」
「それにしても、システィアは酷い奴だ。淑女としての美徳、祈りの力と聖魔法、そして美貌を奪っていったんだから――」
「ああ、でもそれは全部俺達の手で奪い返そう」
「その通りだ、クレイグ。さあ、仕事を始めよう」
そして二人はウルティアを呼び戻すと、精神魔術式の鎖の先端を弄った。
「これで最後だ。ウルティアの美貌を返してもらう――」
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第8話 偽聖女システィア視点 美貌
偽聖女の烙印を押されたシスティアは行く当てもなく彷徨っていた。
どこへ行っても偽聖女と言われ、石を投げられる。
もう自分には稼ぐ方法がない。
このまま朽ち果てるしかないのだろうか――
システィアはひとつだけ生きていく方法を思い付いた。
「そうだわ……! この美貌を売ればいいのよ……!」
彼女は着の身着のままで、侯爵家へ向かった。
ここには女好きで有名な醜い豚のような侯爵がいる。
そいつにこの身を売れば……愛人になって生きていける。
「侯爵様に会わせて。システィアが来たと言えばいいわ」
門番の男にそう言うと、彼はシスティアの顔を見てぎょっとする。
そして屋敷の中に招かれた彼女は酷い屈辱を受けることになる。
「わっはっはっは! その顔で愛人だと! 笑わせる!」
「な、何ですって……私の美貌はこの国一番と言われ……――」
「お前、まさか狂っているのか? おい、さっさとこいつを摘まみ出せ」
システィアは使用人達に両腕を掴まれ、屋敷の外へ放り出された。
彼女は屈辱に震えていた――しかし聖魔法が使えない今、復讐の方法はない。
「こうなったら、高級娼婦を目指すわ……! 私なら一番になれる……!」
そうして彼女は娼館が並ぶ花街へ向かった。
その中でも最も格式の高い娼館へ自分を売り込みに行く。
しかし――
「はあっ!? お前みたいな不細工、商売にならないよ!」
「不細工ですって……!? 私のどこがよ……!?」
「アンタ、鏡を見たことがないのかい? ほら!」
そして渡された鏡を見て、システィアは絶叫した。
そこにはそばかすだらけで頬骨が異様に高い不細工が映っていたのだ。
しかも手入れを怠った所為か、髪は油でドロドロ、無駄毛は生え放題である。
システィアはそれを見て、ようやく気付いた。
姉から奪った淑女としての美徳、祈りの力と聖魔法、美貌――それらが全部なくなっていることに。
「そんな……あの黒魔術は絶対なのに……! どうして……!」
忌々しい姉は遠い祖国テュペルにいるはずだ。
何があったのか確認するには時間がかかる。
システィアはひとり怒りに震えていた。
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第9話
「ああ……! ついに奪われていたものが全て戻ったね……!」
ヴィンスは美しくなったウルティアを見て、頷いた。
薄紫から薄紅に変化する巻き髪、ルビーを嵌め込んだような瞳、月光を纏ったように輝く肌……その容貌は美の化身と言える。
「あら? 伯爵様、私ってこんな顔だったかしら?」
ウルティアは玩具の鏡を見て、首を傾げる。
そんな姿も愛らしく、ヴィンスは涙ぐんだ。
「その顔が元々の君の顔なんだよ、ウルティア」
「そうなのですか? 伯爵様が言うなら、間違いないですわ」
「ああ、そうだよ。君は淑女の美徳を備えたとても美しい聖女だったんだ」
「まあ! それは私の理想ですわ!」
そう言ってウルティアはにっこり微笑む。
その笑みはあまりに美しく、男二人は息を飲んだ。
「ヴィンスは硝子細工のような美少年だから、吊り合いが取れるな」
「おい、やめろ。ウルティアの美貌には敵わない」
「謙遜するな。それよりシスティアだ」
二人は鏡の中を覗き込み続けるウルティアをそっとして、部屋を出た。
目指すのはこの屋敷の地下室――そこで蹴りを付けるつもりだった。
クレイグが床に魔法陣を描くと、二人は頷いた。
………………
…………
……
「こ、ここは……!?」
魔法陣の上にシスティアが現れた。
彼女が動き出す前に、ヴィンスがその手に手錠を嵌める。
「な、何をするのよ……!? アンタ達は一体誰なの……!?」
「僕はヴィンス・ソンフェルダ。テュペル国の聖人だ」
「俺はクレイグ・ストレンフ。同じくテュペル国の宮廷魔術師だ」
その言葉を聞くと、システィアは目を瞠った。
「テュペルですって……!? まさかここは祖国なの……!?」
「ああ、そうだ。君を空間移動させた」
そしてクレイグはシスティアから伸びた一本の鎖を持ち上げた。
「これは呪いの楔を視覚化したものだ。これの端が繋がっている相手が分かるな?」
「糞姉ね……! アンタ達、糞姉が雇った人間かしら……!?」
「いいや、違うね。ヴィンスはウルティアの番、俺はただの友達だ」
「チッ……番に見付かったのね……! 馬鹿な姉だわ……!」
舌打ちするシスティアを二人は冷酷に見下ろしていた。
この女は自分がこれからどうなるのか、理解していないようだ。
拳を強く握り、一歩踏み出たヴィンスを制してクレイグが語りかけた。
「さて、システィア。今から自分がどうなるか、分かるか?」
「は? 知る訳ないでしょ! 何をするのよ!」
「君に全てを返してやる――」
その言葉にシスティアは歓喜した。
「やった! アンタ達、私の仲間だったのね! よくやったわ! 褒めて遣わす! あんな馬鹿姉から良いものを奪うのは当たり前よねぇ! この私こそが栄華を極めるのに相応しいのよ! さあ、ボサボサしないで、さっさと返しなさい!」
しかし二人は冷酷に答えた。
「何を言っているんだ? 返すのはウルティアの苦痛だ」
「君は頭がおかしいんじゃないか? さあ、罰を受けろ」
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第10話
「ギャアアアアアアアアアッ……ギィッ!? ヒギィイイイッ!?」
システィアの全身がひしゃげるほどに歪んでいる。
やがて体中に鞭の傷が現れ、血を迸らせていた。
クレイグの魔法は容赦なく彼女を刻み続ける。
「君はウルティアに酷い拷問を加えた。その苦痛と傷を全部返すよ」
クレイグの言葉に、ヴィンスはこう付け加えた。
「さらにウルティアの狂気も与えてやろう。君は永遠に正気に戻れないだろう」
「アガガガッ……! ギャギャギャッ……!」
狂気と苦痛の中で、システィアは人間の言葉を喋ることはできない。
その狂い方にヴィンスも、クレイグも、浅ましさを感じ取った。
「さて、全て戻してやったことだし、呪いの楔を外そう」
「ああ、そうだな。姉と妹を繋ぐ鎖はもう終わりだ」
そしてクレイグの手によって呪いは解かれた――
空き屋と化した屋敷で、システィアはひとりもがき苦しみ続ける。
やがて隣人がその姿を発見するが、最早彼女は人間には見えなかったという。
………………
…………
……
「ヴィンス様、クレイグ様、どうなされたのです?」
ウルティアと馬車に乗っていた途中のことだった。
遠くの街並みにあの屋敷を見付け、二人は話を中断した。
「いや、何でもないよ、ウルティア」
「ああ、大したことじゃないよ」
「そうですか……?」
ウルティアは首を傾げつつも納得する。
その後、ヴィンスは運命の番が見つかったことを国へ報告した。
国王は大いに喜び、国を挙げてのパレードが行われたのだった。
システィアが住んでいたパトレイト国は遠方にあるため、同じ容貌の女が聖女をしていたことはまだ誰も知らない。
もしそれを指摘されたとしても、ヴィンスとクレイグがどうにかするつもりだ。
「それにしても、妹のシスティアはどこにいるのかしら……」
「きっとどこかで幸せに暮らしているよ」
「ああ、心配することはない」
ウルティアは偽の記憶を植え込まれていた。
過去の辛い記憶を思い出したら、彼女はおかしくなってしまう。
だからヴィンスが過去の記憶に結界を張り、クレイグが偽の記憶を刷り込んだ。
「私ったら、眠り病になって何年も眠っていたなんて、恥ずかしいですわ」
「でも病院から動かなかったお陰で、君をすぐに見付けられたんだよ」
「ええ! 運命の番のヴィンス様にお会いできて本当に幸せです!」
そしてウルティアはにっこり微笑み、ヴィンスに寄り添った。
「可愛いウルティア、僕が君のことを一生守るからね?」
「ああ、俺だって親友として、いつでも協力しよう」
「まあ! お二人共、ありがとうございます!」
ウルティアの天使の笑顔に、二人は満足したのだった。
―END―




