朝の光景
夜の高速道路で突然襲った衝撃、バックミラーに映る追突してきたタンクローリー、フロントガラスに迫るフェンス、骨の砕ける音と身を焦がす炎――。
朝になり、俺はいつも通り嫌な気分でベッドから起き上がった。帰省の途中に遭った、かけがえのない家族を一度に奪ってしまった交通事故。
いつになったらこの夢の呪縛から解放されるのだろう。心にぱっくりと開いた虚空はどうやったら埋められるのだろう。
永遠に答えの出ない問いを胸の奥で繰り返しながら、俺は階下に――今は一足先に起きた妻が朝食を用意しているはずもない、ダイニングキッチンに下りていった。
私は台所に立って時計をじっと見つめていた。いつもならそろそろ夫が階段を下りてくる足音が聞こえるはずだが、もうその音が私の耳に届くことは二度とない。
私一人には広すぎるダイニングキッチン。その広さは私の心を機械のローラーのように容易に、そして無慈悲に圧し潰す。
堪えきれなくなった私はふらふらと覚束ない足取りで玄関先に向かった。少しでも気を鎮めるために戸外の空気を吸おうと表に出ると、門扉の外を娘の通っていた学校の制服を着た子が横切っていくのが見えた。
通学時間にはまだ早いから、娘と同じく体育系の部活の朝練なのかも知れない。もしかしたら娘と同じ部活だったかも――そう思った途端、在りし日の娘の笑顔がすっと脳裏をよぎり、いつの間にか私はその場にくずおれて嗚咽していた。
誰に言うとなく「いってきます」と呟いて家を出たあたしは、門扉を出たところでふと家を振り返った。
由良達夫、京子、はるか――今はあたし独りしかいない家に掛けられた、三人の名前の書かれた表札。この表札を見るたびにパパとママと過ごした日々の記憶が鮮明に蘇り、鋭いナイフのように心をえぐる。
いっそのことあたしも二人と一緒に――そう思いかけ、ううんと首を振る。そんなことは決して二人も望んでいないはずだ。あたし一人だけでも強く生きていかなくちゃ。
あたしはくるっと踵を返し、朝の街路に駆け出していった。