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戦争と平和

 私が行き来する二つの国の間で、戦争が起きた。

 きっかけは、国境を挟んだ村同士の農業用水の使用権を巡る争いというさいなものだったが、両国の国境警備隊の交戦というかたちで一度ともされた憎しみの炎は、時をかずしてりょうげんの火のように燃え広がった。

 両軍は短期決戦を目論んだようだったがその当ては外れ、戦いはこうちゃく戦と化した。戦線には幾重ものざんごうが掘られ、方々から徴兵された人間たちの命を貪欲に呑み込んでいった。

 両軍は時々、思い出したかのように敵陣にとっかんする。塹壕から地虫のようにのそのそと這い出した兵士たちが、銃剣突撃する間もなく敵のりゅうだん砲やら機関銃やらでぎ払われ、血飛沫しぶきと肉片を空中に汚らしく撒き散らしていく様は、全くもって痛快な見せ物だった。

 腹の破けた若い兵士が、母親や恋人の名前を涙混じりに叫びながら、外に飛び出た赤黒い臓物を必死に中に押し込もうとしているのには、大いに笑わせてもらった。

 戦争が始まって二年目。いつは果てるともない一進一退の戦いに業を煮やした一方の軍首脳部が、可動兵力の大半を集中して大攻勢を仕掛け、遂に敵陣を突破して首都近くまで迫ったものの、ゲリラ戦を展開した敵軍の必死の抵抗に遭い、敵の援軍に延びきった突出部をしたたかに叩かれて這々ほうほうていで撤退していったことがあったが――その一部始終を見ていた私は、同じ種族同士でよくもまあここまで残虐に殺し合えるものだと、ある意味ほとほと感心した。

 進軍先の街や村は、例外なく殺気立った兵士たちの略奪に晒され、男や老人や子供は遊び半分に殺され、女は性欲のけ口にされた。侵略軍が撤退していくと、復讐心に猛り狂った市民や村人は逃げ遅れた敵兵を捕らえてリンチにかけ、それまで自分たちがされたことを倍にして返していった。

 五体をありとあらゆる方法でめちゃくちゃにされ、惨めに死んでいく人間たちを見ていて飽きることはなかった。

 戦争末期、両軍は新兵器の毒ガスを開発した。両軍は最初のうちこそ使用を躊躇ためらってはいたが、追い込まれた一方が一旦使ってしまえば、後は際限ない報復措置の応酬戦である。

 超長距離砲で前線から遠く離れた後方の街に撃ち込まれた毒ガスは、非戦闘員の市民たちを根こそぎ殺傷し、両国の生産力をみるみるうちにいでいった。

 両国とも総人口の半数近くを喪失し、私が随分人間が減ってさっぱりしてきたなと思ったところで、両国民の間にようやくえんせんムードが湧き上がってきた。国民の声に押された両国政府は国境線上にしつらえた小屋で会談を持ち、終戦協定を締結したのである。

 やれやれ……これで私を退屈させなかった楽しい見せ物ともおさらばという訳か。残念だ、とても残念だ。

 だが、どうせ奴らのことだ。ある程度悲惨な記憶が薄れてきたら、また何らかの口実を見つけて殺し合いを始めるだろうさ。願わくはそれが私の寿命があるうちに起きてほしいものだ――私はそう祈りつつ、終戦協定の会談場所から身を翻していった。




「おや」

 協定書に署名をしていた国家元首が、ふとペンを持つ手を止めた。

「どうかなさいましたかな?」

 テーブルの向かいに座っていたもう一方の元首が尋ねた。

「いや、大したことではないのですが……先ほどまでそこの窓から見える木の枝に白い鳩が止まっていて、私の方をじっと見ていたような気がしたのです」

「終戦協定の締結という記念すべき時に、よりによって白い鳩とは――もしかして我が国と貴国の未来を暗示しているのかも知れませんな」

 もう一方の元首は重々しく頷きながら立ち上がり、希望に満ちた顔で高らかにこう宣言した。

「我々はその鳩にかけて、今この場所で誓おうではありませんか――不幸な試練をくぐり抜けた両国の、これからの永久とこしえの平和を」

物語の都合で改変しましたが、実際には鳩は一ヶ所にとどまる留鳥です。御了承下さい。

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