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百万人目の奇跡

 その日、朝日が地平線から顔を覗かせると共にねぐらを引き払った私は、いつもの仕事に取りかかろうと、暗然たる足取りで街に出た。

 曇り空を仰いで大きくため息をつき、ふと足元に視線を落とすと、道端の荒れ放題の茂みの中に膝丈くらいの高さのボロボロに朽ち果てた小屋が、ひっそりと佇んでいるのが何とはなしに目に付いた。

 小屋の中には一体の古い地蔵があった。

 自分を取り巻くこの世の中に対してとっくに諦念の境地に達し、けいけんな信仰心など毛ほども持ち合わせのない私だったが、虫の知らせというヤツだろうか、この時ばかりは素直に神頼みをしてみる気になった。

 己の不毛な行為に内心苦笑を浮かべつつ、両の手を合わせて目の前の地蔵に祈っていると――突如私の身体の芯を、これまで体験したことのない奇妙な感覚が貫いた。

『……信仰厚き人間よ、喜ぶがよいぞ』

 奇妙に甲高い、大人とも子供ともつかない尊大な口ぶりの声がした。その声はどこかから聞こえているものではなく、私の頭の片隅でうわんうわんと反響している風だった。

 誰だ、一体誰が私に呼びかけている? 心臓が早鐘のように鼓動を打ち始めるのを自覚しながら、きょろきょろと辺りを見渡していると、

『ここじゃ、ここじゃ。わしはそなたの目の前におるではないか』

 目の前だと? 目の前には地蔵しかないが……まさか。

『そう、そのまさかじゃ。わしはこの地一帯をいにしえより守護してきた地蔵尊じゃ』

 私は大きく深呼吸して自分を落ち着かせた。幻聴ではなさそうだった。

「信じられないが、どうやら信じるしかなさそうだな……で、その地蔵尊とやらが私に何の用なのだ」

『神であるわしに向かって、何たる無礼な口の利きようよ。まあよい、それはともかく喜ぶがよいぞ人間よ』

「喜ぶ? どういうことだ」

『そなたは誠に運がよい。そなたはわしがこの地に安置されてから、ちょうど百万人目にわしを拝んだ人間なのじゃ。これも何かの縁。ゆえに、その記念にささやかな功徳を授けてやろうと思うてな』

「功徳?」

 私は思わず身を乗り出していた。溺れる者は藁をもつかむ、ということわざではないが、今のクソ面白くもない状況を少しでも凌げるものなら、どんな話でも大歓迎だった。

『そなたに一つ、力を与えよう。掌を握って力を込め、目を閉じてひたすら念じてみるがよいぞ』

 私は地蔵に言われた通りにした。しばらくして、掌にずしりと重い感覚が生じた。生唾を呑み込みながらゆっくりと掌を開くと、そこには一枚の小判が金色の輝きを放っていた。

「……これは?」

『それがお主の力じゃ。一日一回、こうして念ずるだけで小判が一枚出るという訳じゃ。どうじゃ、嬉しかろうて』

 無邪気にそんなことを言う地蔵に、私は思わず口を死んだ貝みたいにぽかんと開けて、しばし呆然と立ちつくしていた。そして我に返った後、私のはらの底にくすぶっていた怒りとも苛立ちとも失望ともつかない感情の炎が、勢いよく燃え広がりだした。

「こんなふざけた力なんか、もらっても嬉しくも何ともない。もっとマシな力はないのか?」

 私はいちの望みを託して問いただしたが、

『てっきりわしに感謝するものだとばかり思ったが……やれやれ、お主は何とも欲の深い人間よのう。一日に小判一枚では足りんと申すのか。力など与えるのではなかったわい。では、さらばじゃ』

 地蔵はいたく落胆した様子でそう言うと、なおもぶつくさ呟きながら気配をフェードアウトさせていった。

 私は「くそっ」と叫んで、手の内にある小判を腹立ち紛れに地面に叩き付けると、ついでにもはや物言わぬ地蔵を思いっきり蹴倒した。




 一日に小判一枚を生み出す力。なるほどかつての自分だったら、まるで宝くじの一等に当たったように降って湧いたこのぎょうこうに心から感謝し、躍り上がって喜んだことだろう。だが今となっては――十数年前に起きた第三次世界大戦の結果、乱れ飛んだ中性子ミサイルで世界中の人間が蒸発しきった今となっては、こんな力に何の意味があるというのだ。

 私は地に伏している役立たずの地蔵に最後のいちべつをくれ、やおら背を向けた。街のどこかに今も残っているであろう、ひょっとしたら地上最後の人類かも知れない私の命を明日へと繋ぐための保存食を探す、いつもの孤独な仕事に戻るために――。

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