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6.種

「ここは……」


 横たわっていたセラフィーナは、何事もなかったかのように立ち上がり、土を払う。


「さあ、どこかしらね。あなたがここに転移したから」


 あれほど深い傷を負っていながらピンピンしているセラフィーナを見て、フィガロ皇子は目を見開き驚いた。


「セラフィーナ嬢! 怪我は大丈夫なのですかっ!?」


 制服に血痕がついてはいるが、出血は収まっている。破れた布から見える彼女の皮膚に傷は見えなかった。


「あら、女性の胸元をそんなにジロジロ見るのはよろしくないわよ」


 傷にばかり意識が向いていたフィガロ皇子は、視線の先の肌の膨らみと陰影に気づき、それが何か気づくと我に返って両手で目を伏せた。


「冗談よ。谷間を見せるドレスなんていくらでもあるんだから、これくらいなら見られても問題ないわ」


「そういう問題では……」


 フィガロ皇子は目をつぶって自分の着ている薄手のセーターを脱ぎ、セラフィーナに差し出した。


「これを着てください。私の方が背は低いですが、男性物は身幅が広く作られているので、細身のあなたなら着れるはずです」


「ふふっ、ありがとう。フィガロは良い子そうだけど、私、バルトロの子孫の手は借りたくないの」


 セラフィーナは笑顔で手のひらを前に突き出した。


「私にはバルトロ皇帝の血は流れていませんよ?」


 目を瞑ったまま眉を八の字にするフィガロ皇子に、セラフィーナはさもわかっているといった様子で話す。


「あなたは似ても似つかないけど、あのお兄様を見れば一目瞭然。確実にバルトロの血を引いているのはわかるわ」


「確かに兄を産んだ側妃がドロバンディ家出身ですが、私の母は皇妃でスカリオーネ家出身なので、ドロバンディの血は遡っても流れていません」


「スカリオーネ? 聞いたことないわね」


「ですから、どうぞこれを」


 フィガロ皇子は手に持つセーターを更にグイッと彼女の前に突き出した。

 セラフィーナはしぶしぶ受け取り、ブレザーを脱いで破れたシャツの上から着た。


「目を開けても大丈夫よ」


 フィガロ皇子が目を開ければ、目の前には自分の着ていたセーターを着るセラフィーナの姿が飛び込んで来た。まるで自分がセラフィーナを包み込んでいるようにも思え、少し嬉しくなってしまった。


「何見てるのよ」


「あ、いや、えっと……」


「なんで傷がないのかとか?」


「あ、はいっ! そうです」


 フィガロ皇子の今の頭の中は、本当はもっとふわふわとした浮かれた思考だったが、そういう事にしておいた。


「私は死ねない身体なの」


「……死ねない?? ……というと???」


 にわかには信じ難い言葉をサラリと口にしたセラフィーナに、フィガロ皇子の思考も固まる。


「西ガレリア帝国最後の皇帝は誰でしょう」 


「急に歴史の問題ですか? えっと……バルトロ・ドロバンディ」


「正解。では、バルトロと結婚した娘は?」


「えっと……そこまでは覚えてないな……」


「東ガレリア王国第一王女」


 フィガロ皇子は瞬きすらも忘れてセラフィーナを一心に見つめた。にわかには信じ難い。それは先ほどと同じ感情だが、信じてしまいそうになるほど、話は説得力のあるものになりつつあった。


「約九百年も昔に存在した東ガレリア王国の王朝名がモレッティ王朝でした。その時代は魔法がまだこの世にあったと言われ、西ガレリア帝国のバルトロ皇帝の妃は付与魔法の使い手だったと。聖水枯渇後の世界では唯一魔力を即時回復出来る者だった故、バルトロに人間ではなく魔力装置に改造された。その皇妃の名は……セラフィーナ皇妃」


 セラフィーナは鼻で笑う。


「人間ではなく魔力装置……後世にはそう伝えられているのね。まあ、確かにもう人間とは呼べないのかもしれないわ。でも、身体は装置と呼ばれるにはしっかりとした生身なのだけどね」


「もしあなたが本当にセラフィーナ皇妃なら、どうして現代に?」


「だから、死ねないのよ。バルトロに不老不死にされたから」


「不老不死? まさか」


「もう一度傷を確認する?」


 セラフィーナはセーターを掴み、わずかに持ち上げた。


「いえ、結構です」


 咄嗟に片手で目を覆い、もう片方の手でセラフィーナの動きを止めようとする 初心(うぶ)なフィガロ皇子の反応に、セラフィーナはくすくすと楽しそうに笑った。


「魔力回復は休息や食事でゆっくりと回復させるか、東ガレリア王国にだけ湧く黒い水で回復させる必要があったの。私は世界で唯一、魔力を回復させたり増幅させる力を持っていた。黒い水が枯渇したあと、私はバルトロに不老不死にさせられ、まるで装置の様に戦場で回復と増幅魔法をさせられた、というより、ベッドに縛り付けられていたから、必要な時に勝手に私の身体から奪って行ったわ」


「奪うとは……どうやって」


「少年は聞かない方がいいわ」


「しょっ、少年だなんて。私はもう十三になります。来年には結婚可能年齢になりますし、五年もすれば成人です」


「声変わりもまだでしょ」


「くっ……」


「坊やは焦らずゆっくり成長しなさい。ちなみに私を救ってくれたのがあなたの祖先、アンジェロ・ヴァレリアーニよ。あなたには彼の面影がちゃんとあるから、きっと立派な青年になるでしょうね」


「そんな史実は知りません……」


「私の詳細を知れば、バルトロがいなくなったところで、私の力を悪用しようとする第二第三のバルトロが生まれる。だから、あの部屋でひっそりと永遠の時を過ごしていたのに、あなたが術を解除してしまったから、あの部屋に留まる事の方が安全ではなくなってしまったのよ。それに気がついたのが貴方を帰してしまったあとだったから、あなたの部屋を探して会いに行ったの」


「私が術を解術?」


「そうよ。あなたの中には魔力の種があった。さすが大魔法使いアンジェロの子孫ね。貴方があの部屋の扉に触れた時、私も反対側から触れていた。それで私があなたに眠る種を目覚めさせてしまったみたい。だから、ここへ転移したのもあなたの魔法よ」


「私が魔法を?」


「まだまだ未熟だけどね。でも、魔力が目覚めている事だけ伝えなくてはと思ったの。伝えに行ったついでにバルトロの子孫が皇子だったことも知れて良かったわ。おかげであの部屋を出て正解だったと確信した」


「部屋に戻れないなら、これからどこへ?」


「そうね。見つからないよう各地を彷徨いながら留まれる場所を探すしかないだろうけど、とりあえず最初に行きたいところがあるの」


「どこですか?」


「祖国、東ガレリア王国の王宮があった場所」


「それは……」


「何か?」


「この場所がどこかは正直まだわかっていないのですが、東の方角にガレアータ山脈が見えます。だから、私達はガレアータ帝国の西側にいて、かつての東ガレリアに行くならあの名峰を越えなくてはならない」


「九百年も時が経っているのに道は出来ていないの?」


「もちろん東側に抜けるセラ峠があります。でも今は季節が秋で、平地は気候が良くても、峠は急な積雪の可能性があって旅に慣れた者でなくてはおすすめしません」


「じゃあ、いつならそこを通れるの?」


「夏です」


「一年待つ必要があるのね……」


「はい。峠を越えるためにはこの格好では夏も難しいですから、どこか過ごせる場所を見つけ、準備をしてからということになります」


「ありがとう。そうさせていただくわ」


「では、まずは今日の寝床を探さなくては。私だけならまだしも、女性であるセラフィーナ嬢はある程度安全が確保できないと。手持ちもないので、日々の生活や資金調達に日雇いで稼ぐ必要もあります」


「何を言ってるの? あなたはすぐに城に戻って愚兄の所業を父である皇帝に伝え助けを求めなさい」


「セラフィーナ嬢を一人で行かせられません。それに、兄に命を狙われていたことを知ったのですから、父に話したところで城にいればいずれ殺されます」


「まあ……確かにそれはあり得るわね」


 だだっ広く見通しの良いあぜ道に立っていれば、遠く道ゆく者にも良く見える。

 二人に気づいた農夫のおじさんが、農作業用の荷馬車に乗って近づいてきた。


「おーい、こんなところで子供二人で何してる」


 日に焼けた肌と、農作業で鍛えられた体躯は、年齢こそ高齢だが、そこら辺の若者よりも屈強そうに見えた。


 荷馬車が二人の手前で止まると、農夫は間近に見えるフィガロ皇子の手に驚いた。


「しかもお前、手が血だらけじゃないか……」


「え? ああ、これは……」


 フィガロ皇子が開いた手の平は血だらけではあったが、これはセラフィーナの血であり、怪我をしているわけではなかった。

 農夫に心配させないように答えようとした時、セラフィーナが突然泣き出した。


「助けてください。野盗に両親が殺されました。弟とここまで無我夢中で逃げて来ましたが、あまりに必死に逃げていたせいで、ここがどこかもわかりません。帰る場所もないんです」


 農夫はまっすぐにセラフィーナを見ていた。

 彼女の話を鵜呑みにしたかはわからないが、農夫は静かに口を開く。


「……それは……災難だったな。とにかく、もう日も暮れるからうちに来るといい。二人とも荷台に乗りなさい」


 フィガロ皇子はセラフィーナを見ると、目で荷台に乗るように合図をして来た。


 フィガロ皇子とセラフィーナは、農夫の荷馬車に積まれた野菜と共に、あぜ道を揺られながら進んでいった。


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