本編
ただでさえ荒地を走って揺れるというのに、今は車の上でさらに別の乗り物に乗っている。二重の複雑な揺れが気持ち悪い。
降りて自力で走りたいところだが、長距離高速移動の効率はタイヤに敵いっこない。
なんとも不便極まりない兵器。それでも。
今俺が乗っているヒト型戦闘機械、ヒトメカルは最強の兵器だ。
『作戦開始ポイント到着、準備せよ』
ようやく揺れが収まったが、これで解放されるわけではない。今度は歩いて移動しなければならない。といっても、自分自身の足ではないが。
スイッチを操作し、待機モードから歩行モードに移行。ペダルを踏んで立ち上がり、運搬カーゴから降りる。
正中線上では最も低い、2本の足の付け根付近にあるコックピットだが、それでも生身で立つよりも5倍は高い。優秀なバランサーとショックアブソーバーで揺れは最小限に抑えられているが、それでも地面が遙か下方にあるのはやはり不安が残る。
加えて、センサー類はコックピットよりも遥か上、最上部に集中している。視野を確保するためとはいえ、潜望鏡を覗くような違和感は中々解消されない。歩く度に普段の数倍視界が上下するのに慣れるのも、もう少し訓練が必要だろう。
事前に設置していた、岩に偽装したカバーポイントに到着したので、左のパネルを操作。あらかじめプリセットしておいた体勢の低いカバーポーズを取らせる。3点での接地とコックピットが地面に近づいたことで、少しだけ心が落ち着く。
『カバー確認、そのまま待機せよ』
後方に控えたカーゴから、ちゃんと隠れていると連絡が入る。何せ普通の乗り物とは異なり縦に長いシルエット。おまけに脚部やマニピュレーターなど、突出した部位がいくつもある。自分が隠れられているかどうか、外から見てもらわなければ確証が持てない。
会敵する前の時点でこれだけの不便。きっと戦闘中も、戦闘後でさえも様々な困難が襲いかかるだろう。
まったく、最強の兵器でなければ、誰が好き好んでこんなものに乗るものか。
※
1年前、敵は空から突如現れた。
超巨大な飛行機から降下、2本の足で地面に立ち、まっすぐ直立した胴体に生えた2本の腕に重火器や刃物、鈍器など様々な武器を持ち、最上部のドームに2つ並んだカメラで睨みつけながら、俺たちの家を破壊していった。
当然、俺たちは戦車や戦闘機で応戦した。しかし砲撃もミサイルも通用せず、ただ家が焼け、仲間が蹂躙されるのを見ていることしかできなかった。
やがて、敵は別の星からやってきたこと。山の向こうを占拠し拠点を作ったこと。我々よりもはるかに優れた科学技術を持っていることが分かった。
武器や装甲が我々のものとは段違いの性能を持っているのは当然だが、あんな巨体を2本足で支え、自由自在に歩き回って戦う兵器を生み出しているのだ。きっと文明のレベルは百年以上の開きがあるだろう。
だが、黙って見送るつもりはない。敵の技術を研究し、できうる限りの模倣をしてきた。
それでも、埋めようのない差は少しずつ前線を下げるばかりだった。
転機が訪れたのは半年前。突如機能を停止した敵機体を鹵獲することに成功した。
国中の専門家が集まって解析した結果、敵の機械はフレームに装甲を被せる、二重構造であることが判明した。
装甲の方は一部に電気式の装置がついているが、大部分は未知の金属と柔軟性に優れた素材で作られた、防護のみを目的としたものだった。
重要なのは内部フレーム。複雑な機構が幾つも組み込まれ、これだけでも自立して行動することが可能らしい。機能を停止したのは、フレーム側に何か異常が生じたからのようだ。
恐らく、元々はフレーム部分のみで汎用作業用機械として運用していたものに、装甲を被せ武器を持たせ、戦闘用に改造したのだろう。
武器、装甲、フレーム。3点をそれぞれ徹底的に調べ尽くしたが、機構や製法を完全に理解することは出来なかった。複製のための研究を続ける時間はない。
ならば、これをそのまま利用するしかない。
まず作られたのは、戦車4台を繋ぎ合わせ、砲塔の代わりに敵のライフルを載せた機体、通称。
ライフルは弾丸が不要で、充電すれば何度でも光線を発射する。もっとも、一発につき都市が消費する電力1ヶ月分を消費するので、おいそれと連射はできない。
それ以上に、虎の子の一丁しかないライフル。奪い返される恐怖心から、安易に前線には出られない。履帯では二足歩行には速度も方向転換機能も敵いっこない。
一応、ライフルの光線は当たり所によっては敵の装甲を貫通し、内部フレームにダメージを与えられることは判明した。しかし腕や脚を破壊したところで活動は停止しない。かといって動力部などの重要箇所の防御は当然ながら非常に堅く、消極的な戦法もあり、ヤグラでは後退一方の戦線を押しとどめる程度にしか活躍しなかった。
やはり武器も巨大二足歩行兵器が使うことを前提とした設計のため、戦車での取り回しには限界がある。しかし、鹵獲した敵ロボットの内部フレームは動かせない。
そこで立ち上がったのが、敵の機体を模倣した、我々のヒト型ロボットを開発する計画だった。
必要は発明の母とはよく言ったもので、前代未聞の開発プロジェクトは予想以上のスピードで進行していった。
元々技術自体はほぼ揃っていたのだ。ただ、必要に駆られていなかっただけで。
巨大な体躯を支えられる素材が開発されるまでに2ヶ月。その巨体を高速で動かせる駆動システムを発明するまでに2ヶ月。その複雑な機械を制御できるコンピューターが作られるまでに1ヶ月。
開発拠点まで戦線が拡がるのを防ぐヤグラの奮闘の甲斐もあり、ついに先月、ヒトメカル1号機が完成した。
専属パイロットには、戦車大隊の隊員として前線で戦い続けた俺が選抜された。敵を間近で見てきた経験が役に立つと思われたらしい。
もちろん他の隊員も候補に上がったが、厳しい機種転換訓練で次々にリタイアし、最後まで残ったのが俺だった。
今、目の前にあるのは自分の10倍はある巨大なヒト型。鹵獲した装甲に身を包んでいるので、外見は敵機とほとんど区別がつかない。
この装甲がタイヤや履帯、あるいは四足歩行のような安定した移動機構に対応していたなら。あるいは他の形状に加工できる素材だったなら、ヒトメカル開発はもっと簡単だっただろう。
しかし、あらゆる加工を受け付けない強靭な素材、かつ複製の効かない一点物のため、ヒト型のロボットを作る他なかった。
このヒトメカルで他の敵機を撃破し、サンプルを集めれば、ゆくゆくは扱いやすい新型を作ることもできるだろう。
しかし、現状はこのアンバランス極まりないヒト型ロボット、ヒトメカルが、俺達にとって最強の兵器だ。
※
『敵部隊確認、戦闘準備』
これまでのことを思い返していたら、カーゴからの連絡で現実に引き戻された。
モニターにはカーゴが捉えた、俺が今隠れている岩の向こうの映像が映っている。敵3機。こちらに向かって歩いてきている。
いつもならこの地域はヤグラを始めとした戦車部隊による防衛線が引かれているが、今はどこにもいない。あえて敵を迎え入れるように空白地帯を作っている。
敵も航空機でその状況を確認しただろう。拮抗した戦線を推し進める絶好の機会だが、あからさま過ぎて不審がり、少数の機体で偵察に来るはず。それを叩くのが今回の作戦だが、敵は見事にこちらの目論見通りに動いてくれたようだ。
とはいえ、撤退したと見せかけるために戦車の援護はない。味方はいざという時の撹乱用にカーゴに乗っている歩兵だけ。実質1対3。相手は我々がヒト型ロボットを持っていることを知らないのがアドバンテージだが、そのヒト型ロボットの実戦投入が今日初めてというのがディスアドバンテージになる。
だが、その不利は俺が補えばいい。ヒトメカルの実戦は初めてでも、敵とは何度も戦火を交えたのだから。
操縦桿を握る手が震える。視界が霞む。もしも負けたらどうするという不安が脳裏をよぎる。
落ち着け。大丈夫。今までの戦車とは違う。
ヒトメカルは、最強の兵器だ。
カバーポジションのすぐ脇を、敵機が通り過ぎた。予想通り、影になっている俺の機体には気づかない。
十分に距離を離してから、ペダルを踏んで立ち上がる。同時に操縦桿を動かし、敵の1機に狙いをつける。
狙うは脚部間接。歩行のための可動域を確保するため、曲がる内側は装甲が薄い。
コンピューターが照準を補正し、ロックオン完了した瞬間に引き金を引く。放たれた緑の光線が一瞬の内に敵の元まで走り、装甲と内部フレームを破壊した。
片方の脚を失った1機が倒れる。まだ撃破はできていないが、体勢を立て直すには時間がかかるだろう。
残った2機は光線の出元、俺の乗るヒトメカルにセンサーを向ける。1機は脚部に収納されていたナイフを取り出して構えるが、もう1機はライフルごと両腕を挙げる。どうやら味方だと誤認したらしく、戦闘の意思がないことを伝えたいようだ。だが、俺には戦闘の意思がある。
無防備なライフル装備機に狙いをつけ、発射。次に狙うのは胴体の中央やや下。様々な装置が埋め込まれた胴体は大部分が厚く防御されているが、上半身を旋回させるために途中に薄い装甲がある。ヒトメカルでいえば、コックピットのすぐ上にあたる。不安だ。
放たれた光線は正確に弱点を貫く。装置が破壊され、燃料が溢れる。確実に機能を停止できる動力炉は硬い装甲に覆われているので直接狙えないが、無力化するにはこれでも十分だ。
2機を無力化し、最後の1機を狙う。流石に俺が敵であることは確信しているようで、ナイフを構えつつ、僚機が落としたライフルをこちらに向ける。
その瞬間、敵の足元が爆発する。遠隔式の地雷をカーゴから起爆させたのだ。
装甲のせいで爆発のダメージはほとんどないようだが、突然地面に空いた穴にたった2本の足では咄嗟には対処できず、その場に倒れ込む。
その隙を逃さず、俺はペダルを目一杯踏み込む。急加速によるGで気を失いそうになるが、必死にこらえて距離を詰める。
敵はそれでもライフルをこちらに向け、ヒトメカルの最上部に設置したセンサードームを撃ち抜く。ほぼ全身を敵の装甲で覆っているヒトメカルだが、複雑な機械が集まるドームだけは敵のヒト型よりも一回り大きくなってしまい、装甲を装着することができなかった。だが、そこを破壊されただけで動けなくなるヒトメカルではない。
すぐさま胴体の装甲の上につけられた予備カメラに切り替わる。急に画角が変わって気持ち悪い。画質が悪く目が疲れる。それがどうした。敵の位置さえわかればいい。
足元の岩を投げ、ライフルを叩き落とす。それでもナイフで応戦しようとする敵の腕を踏みつけ、動きを抑える。そのまま胴体を折りたたみ、足元にいる敵のセンサードームを覆う装甲を掴んだ。
全身一体で作られ、分割することができない装甲だが、唯一センサードーム部分だけは、横に回せば簡単に取り外すことができる。球体状の装甲を取り外し、内部フレームに直接攻撃をしようとしたが、奇妙なことが起きた。
攻撃していないにも関わらず、頭部の排気ダクトから燃料が漏れ出す。さらにドームや手足を可動限界レベルのスピードで不規則に動かし始めた。攻撃かと思って身構えたが、こちらを狙う意思はないようだ。
巻き込まれると危ないので距離を取るも、敵はその場で悶え苦しむような挙動を続ける。何か動作プログラムにエラーが生じたのだろうか。
次第に動きが小さくなっていく。どうやらエネルギーが尽きてきたようだ。3機とも研究に使うから、破壊は最小限に抑えた方がいい。
最初に脚を破壊した1機が這いながら逃げようとしていたので、こちらも装甲を外すと、途端に暴走を始め、機能を停止した。原因は不明だが、センサードームには機能の制御に不具合を起こす重要な弱点があるようだ。
こうして、歴史上初のヒト型ロボットの戦闘は完勝で終わった。
※
地平線スレスレに待機していたカーゴが近づいてくる。撃破した3機を回収する部隊も向かってきているらしい。俺はヒトメカルを、脚部を折りたたんだ駐機状態に移行し、コックピットから外に出る。
外部装甲には胴体中央に縦に開く開閉機構があるが、その動作は機械制御ではなくアナログなものだった。基地なら他の機械で簡単に開けられるが、他に誰もいないこの状況では自分で開けなければならない。おまけに解除スイッチが非常に小さく、開閉動作をプリセットするのも無理だった。腕先につけたカメラの映像を見ながら慎重にマニピュレーターを操作し、装甲の隙間にあるスイッチを掴んで下にさげる。
しかし、開閉機構は胴体の途中までしか開かない。コックピットは胴体最下部にあるので、出入りするだけで20センチも梯子を昇り降りしなければならない。不便極まりないが、激しく揺れるであろう上部で戦闘をすることに比べればまだましだ。
ハッチを開けると、久しぶりに感じる外界の空気。乗り降りするのも一苦労だが、90センチの高さから眺める景色は悪くない。
眼下に倒れる3体の敵機。モニター越しではなく、直接この目で撃破機体を見ると、勝利の実感がふつふつと沸き起こる。
だが、眺めていて気付いた。この3機、微妙に大きさが異なる。
俺が乗るヒトメカル1号機は、鹵獲した機体に合わせて175センチで作ってある。ところが倒れている3機は、目算で160から180センチほど。脚部の長さや、胴体の形状にも個体差がある。
外部装甲さえ確保できれば、大量生産でヒトメカルをいくらでも作り出せると思っていた。しかしこれでは、外装に合わせてパーツの大きさを調整しなければならない。ただでさえ生産するのが大変な機械なのに、さらに苦労が増えてしまった。
なんで敵勢力はこんな不便極まりない兵器を作ったんだろう。
足が2本だけなんて、立っているだけでも姿勢制御によるエネルギーの消耗が激しい。タイヤや履帯、もしくは普通の生物のように、4本足にするのが自然だろう。
逆に腕は多すぎる。様々なことができる便利な腕だが、武器を持つなら1本で十分。俺だってどちらの腕を動かすべきかと何度混乱したか。
頭部にある光学センサーも2つしかない上に、両方とも同じ方向を向いている。後ろから敵が迫ってきたらどう反応するというのか。
見れば見るほどおかしな形状だ。彼らは一体何を見てこのようなデザインをしたのか。
内部フレームを研究した博士が、これはロボットではなく、このような形状に進化した生物ではないかという仮説を話していたのを思い出した。内部を調べてもコックピットやパイロットが見当たらないことがその根拠だ。
なるほど、個体によって形状に差異があるのは、成長過程によって生まれる違いかもしれない。だが、生物がこんな不安定な形、かつ約2メートルなんて巨体に進化するのだろうか。
だいたい構成する物質がおかしい。主成分は炭素と水で、生物が生きるのに必要なケイ素もメタンもほとんど含まれていない。やはり未知の技術で作られた、遠隔操作か自動操縦のロボット兵器と考えるのが自然だろう。
なんてことを考えていたら、カーゴがヒトメカルの足元に到着した。乗っている仲間達の、「やったな!」「すごい!」「さすがだ!」などといった喜びの言葉が目に届く。
俺はハッチから垂れる昇降ケーブルを掴み、第5眼と第6眼を揺らして、「みんなのおかげだ、ありがとう!」と答えた。
そうだ、考えるのも開発するのも専門家に任せればいい。俺は兵士。戦うのが仕事だ。
この3機もヒトメカルにすれば戦力は一気に4倍。さらに多くの部隊と戦い、更なる戦力増強にも繋がる。今はまだ小さな反撃の小さな火だが、これからどんどん勢いを増すだろう。
かかってこい、コベユスボ外生命体が操る巨大兵器、コードネーム“ヒト”め。
惑星コベユスボは、俺達レクニピマとヒト型ロボット、ヒトメカルが護ってみせる。
※本文中の数値や単位、一部名詞や慣用句は地球語に翻訳しています。