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第7話 裏切りの代償

第7話 裏切りの代償


■朔也視点


白衣を着た男がモニターを見つめながら、無言で舌打ちをした。部屋には薬品の匂いと、わずかな血の臭いが混ざっていた。そこは医療機関ではない。許可のない施術が行われる、都内某所の地下にある“診療所”だった。


カスパーが静かに呟く。


「対象:黒崎啓介。通称“Dr.黒崎”。違法医療行為、移植手術、義体強化施術を含む約二十件の記録を確認。」


「患者は?」


「過去に暴力団員、指名手配犯、国外逃亡者などを多数治療。匿名支払い、仮想通貨利用。」


黒崎──俺の“脳内にカスパーを移植した”唯一の外科医だった。知識と技術は本物だが、信念も良心も持ち合わせていない。自分の腕に見合った報酬と、リスクを喜ぶ性質。そんな男が、つい最近、裏社会の“顧客”を売ったという噂が立った。


「情報売却先:公安警察の協力者。匿名のまま、組織内部データを提供。」


「利害の変化か。あるいは……恐怖か。」


俺は椅子にもたれながら、静かに目を閉じた。あの男が他人を売るときは、必ず何か“確信”を得ているときだ。自分は捕まらない、自分は守られる。そういう計算のもとに、命のバランスを取っている。


だが、それは俺の計算と合致しない。


カスパーに命じ、黒崎の過去10年間の通信履歴と医療記録を解析する。そこには、名義を偽装した患者データが連なっていた。中には、重罪に問われながら偽名で手術を受けた男の記録もある。


「これを公安に投下しよう。だが、送信者は“笑う男”にする。」


「黒崎の信用を破壊する意図か?」


「その通り。情報提供者が他の情報源を暴露したとすれば、公安は疑う。誰が正しいか、誰を消すべきか……自ずと導かれる。」



その数日後、公安部が密かに黒崎の診療所を監視下に置いた。内部告発と見なされたデータによって、黒崎は“情報源の信頼性”を喪失。新たな顧客は来ず、旧来の関係者からも疑惑の目を向けられるようになった。


診療所は徐々に孤立し、ネットワークから締め出されていく。


同時に、SNS上では“笑う男”の新たな投稿が拡散されていた。


──『裏切りの代償は、静かに、確実に支払われる。』


その投稿と共に、黒崎が違法に施術を行った複数の患者のビフォーアフター写真が、加工された状態で公開された。“顔を変えた犯罪者たち”の存在が、世間に知れ渡る。



その夜、俺はまたも三浦恵に声をかけられた。


「最近、警察の動きが変わってきたと思わない?」


「どうだろうね。」


「“笑う男”が関与してるって噂されてるけど……私は、正直言って、あの人のやり方には共感する部分もある。」


彼女の言葉は、試すようだった。俺の反応を観察しながら、自分の仮説に肉付けしようとしている。けれど、俺はその手には乗らない。


「正義なんて曖昧なもんだよ。都合よく信じれば、誰だって正義の味方になれる。」


「そうかもね。でも、誰かが“結果”を出してるなら……その正義は、無視できない。」


三浦はそう言い残して去っていった。彼女の背中を見送りながら、俺は少しだけ心の奥がざわつくのを感じた。



黒崎の診療所は、一ヶ月後に“火災”によって跡形もなく消えた。事故とも放火とも断定されず、彼の行方は杳として知れない。だが、俺にはわかっている。あの男は、もうこの世界にはいない。


「裏切り者は裁かれる。俺の手でなくとも、世界のバランスがそうさせる。」


カスパーは何も言わなかった。ただ、静かに記録を更新していた。


第7話 裏切りの代償 終わり

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