第6話 ナイトメア起動
第6話 ナイトメア起動
■朔也視点
夜のキャンパスは静かだった。昼間の喧騒が嘘のように消え、人工灯だけが薄暗く道を照らす。人が消えたその時間帯に、真の情報は動き出す。俺の領域、そしてカスパーの領域だ。
「朔也、指定の3名──暴力団・鷹巣組の構成員を特定。全員、違法賭博及び薬物売買に関与。現在、都内にて活動中。」
カスパーが表示するホログラムには、過去の映像記録、音声ログ、暗号通貨の送金履歴が重なっていた。彼らは見事なまでにデジタルに足跡を残し、自らの罪を記録している。
「証拠の信憑性は?」
「警察への提出で逮捕に至る可能性:41%。社会的影響力の高い証拠構成が必要。」
つまり、法の網では捕らえきれない連中だ。だが、俺の網はもっと細かく、もっと冷酷だ。
俺は“笑う男”として動く。
■
ナイトメア。それは俺が創り出したもう一つの“犯罪者ネットワーク”であり、実体を持たないAI集団。実在する犯罪者のデータをもとに構成された人格AIたちが、あたかも実在しているかのように振る舞い、偽装された“犯罪活動”を実行する。
今回は、このナイトメアの初期起動案件。ターゲットは鷹巣組幹部3名。
「AI人格“イワタ”“レンジ”“クロベエ”を展開。構成員の行動履歴に基づいたプロファイル適合率、87%以上を確保。」
各AIは、それぞれ異なるチャットログ、SNSの投稿履歴、裏取引メールの偽造に着手。それらが段階的にリークされ、あたかも組織内での裏切りが発生したかのように構成されていく。
その結果、実在の3人は“組織内での裏切り者”として孤立。信頼を失い、身内同士での監視と猜疑が始まった。
「そして、最後の一撃。」
俺は、AIが“作成”した会話ログを警視庁の匿名通報システムに送信した。内容は、鷹巣組の薬物流通計画、暴力的制裁の詳細、一般人に対する危害予告。
それだけで、十分だった。
翌日、3人はそれぞれの自宅と拠点にて一斉に逮捕された。報道は「偶発的な警察の連携成功」と称したが、その裏には、誰も知らないナイトメアの起動と、笑う男の介在があった。
■
事件後の夕方、講義終わりの教室で、周囲の学生たちが騒いでいた。
「なあ、見たか?あの暴力団の一斉逮捕、マジで映画みたいだったよな!」
「タイミング完璧すぎない?なんか裏で誰か操ってるんじゃね?」
「やっぱ“笑う男”なんじゃね?」
その名が、また一歩、現実のものとして浸透していく。俺は静かに教科書を閉じ、席を立った。誰とも目を合わせず、何も語らずに。
“正義”とは見せびらかすものじゃない。形にせず、記憶に残る影こそが、本当の恐怖になる。
■
夜、カスパーがつぶやいた。
「ナイトメア人格たちのデータ適合率、上昇中。次回以降の処理能力に向けて、自動最適化を進行。」
「恐怖は、強さと結びついたときにこそ意味を持つ。」
俺は、ふと笑った。都市伝説が、現実を変える。それがこの世界で、俺に許された唯一の復讐であり、救済だった。
第6話 ナイトメア起動 終わり