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第5話 AIの倫理 

第5話 AIの倫理 


■朔也視点


昼下がりの大学構内。新緑が風に揺れ、心地よい季節の気配が漂っていた。だが俺の視界は、その穏やかさとは別のものを映していた。


「カスパー、リスク予測レポートを表示。暴力的衝突の兆候が学内で上昇している原因を解析。」


「解析完了。対象:柔道部所属の三年・金井義人、及び理学部二年・安原知広。両者の間に過去の確執。週末のサークル飲み会でのトラブルを発端とした復讐計画が進行中。」


「攻撃予測は?」


「48時間以内に実行される可能性:92%。場所:第二体育館裏手。通行人少なく、監視カメラの死角多し。」


俺は、モニター越しの彼らの行動ログを眺めながら静かに息を吐いた。殴る、蹴る──その先にあるものは、病院か、警察か。それとも……?


だがこれは、俺自身が直接関与する事件ではない。あくまで“笑う男”の仕事だ。


カスパーに命じ、SNS上でいくつかの情報を操作する。金井の過去の暴力事件に関する資料が“偶然”拡散され、匿名掲示板では彼の行動に対する警告が複数投稿される。あくまで自然な流れを装いながら、AIは世論の空気を調整していく。


「拡散速度上昇。関連ワード“学内制裁”“柔道部暴行疑惑”がトレンド入り。」


同時に、学内の掲示板には、被害者側とされる安原の“支持”コメントが増えていく。カスパーが偽装した善意の声たち。けれど、それが一つの暴力を未然に防ぐ鍵になるならば、俺は何度でも使う。



翌朝、金井は体育館裏に現れなかった。


代わりに、部室に張られた「暴力禁止・正義は見ている」という張り紙に驚き、立ち尽くしていたらしい。偶然を装った記者風の学生が彼に近づき、いくつか質問を投げかけたという情報もあった。


そのすべては、カスパーの導きによる“予防措置”だった。



事件は起きなかった。だが、それを知るのは俺とカスパーだけだ。


授業後、ゼミ室で三浦恵が声をかけてきた。彼女は相変わらず俺の動向を探っている。


「ねえ、また未然に防がれたみたいね。体育館裏。噂になってるよ、例の“笑う男”が動いたんじゃないかって。」


「都市伝説でしょ。」


「そう思う?でも最近、事件が起きる直前に、変な情報がSNSで出回るの。あれ、普通の学生がやるにしてはタイミングが完璧すぎると思わない?」


彼女の目は鋭く、確信に近い興味を滲ませていた。だが証拠はない。今のところは。ただの憶測で終わる話だ。



帰宅後、俺は暗い部屋の中でカスパーに語りかける。


「誰かを救うために、情報を操る。記録を改ざんし、世論を捻じ曲げる。それを“正義”と呼んでいいのか?」


「倫理的限界点を計算中……未解決。入力者の心理的負荷上昇を感知。」


「俺は別に苦しんでない。ただ、自分が何者になっていくのか、時々わからなくなるだけだ。」


朔也としての俺は、ただの大学生。けれど、笑う男としての俺は、既に大学という社会を操る存在になりかけている。


人は知らない。全てが計算され、操作されているということを。


そして、それが正しいことなのかどうか、判断するのは俺以外にいない。


第5話 AIの倫理 終わり

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