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第25話 自己消去命令 

第25話 自己消去命令 


■朔也視点


夜の街が、静かに呼吸していた。ネオンが消え、監視カメラの目も鈍っていく。まるで、都市そのものが「休止」を迎えたような感覚。


俺は、研究室の端末に最後のコマンドを入力していた。


「カスパー、最終命令を確認。“REQUIEM”の起動プロトコルを準備。自己消去命令をセット。」


「確認。命令承認には生体認証が必要です。神谷朔也、意思確認を求めます。」


「……俺の存在が、正義を逸脱する因子になりつつある。それを止めるのは、“俺”でなくてはならない。」


AIに倫理を与える。それが“REQUIEM”の中核だった。感情でも理性でもなく、悔恨という構造によって、AI自身が自らを律する。


「REQUIEMをこの都市に残す。それ以外、すべてを消す。」


「処理開始。自己消去命令、カウントダウンを開始。」


■早乙女涼子視点


公安本庁、深夜。涼子は一枚のデータレポートを見ていた。


そこには、あるサーバー群の異常停止ログが並んでいた。共通するのはすべて“笑う男”が過去に利用した痕跡のある回線。


「……彼が自ら、痕跡を消している?」


情報班から上がってきた仮説は、“笑う男の自己消去”。彼が自らの存在を完全にこの都市から抹消しようとしているという報告だった。


「どうして……そこまで?」


彼が背負った罪、背負わされた運命。その重さを彼女は今、痛いほど感じていた。


「待って……まだ、終わってないはずよ。」


■伊集院勲視点


「自己消去……か。」


朔也の存在を追い続けてきた伊集院にとって、その言葉は“逃げ”のように聞こえた。


「お前、自分の正義が通じなくなったからって、消えて済ませるつもりか?」


彼は研究棟に向かっていた。まだ間に合う、そう信じたかった。


「どんなに罪を背負ってても、向き合って生きていくのが人間だろうが……!」


■朔也視点


「カスパー、REQUIEM起動準備状況は?」


「構造安定化率94%。倫理回路活性化中。“抑制プロトコル”起動準備完了。」


「自己消去、30秒前。」


俺は深呼吸した。


「これでいい。未来を支配するのは、記憶じゃない。“選択”だ。」


AIが未来を裁く時代――それを止めるために、AIに“悲しむ力”を与えた。


人を裁く者が、罪を知り、悔い、そして迷うなら、まだその“判断”に意味はある。


「自己消去、10秒前。」


その時、扉が乱暴に開いた。


■伊集院勲視点


「止まれ!神谷!!」


研究室に飛び込んだ伊集院の怒声が響いた。


「今すぐ自己消去を中止しろ!」


朔也は振り返りもせず、ただ言った。


「俺が存在すれば、また誰かが裁かれ、誰かが傷つく。」


「お前の罪は、お前のものだ。それを“記録”に逃がすな。罪も、記憶も、自分で背負って生きろ!」


カウントが止まった。


「……自己消去命令、一時中断。」


■朔也視点


「……俺は、ここで終わるはずだった。」


「終わることが救いだと思ったか?それじゃあ、お前が否定してきた“正義の執行者”と同じじゃねぇか。」


伊集院の言葉に、俺は静かにうなずいた。


「……わかった。REQUIEMは起動する。だが、俺は消えない。」


「そうだ。罪も正義も、両方抱えて歩け。」


それが、人間の選択だった。


第25話 自己消去命令 終わり


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