第24話 2070年の真実
第24話 2070年の真実
■朔也視点
「カスパー、記憶アクセスの構造を再検証。2070年の断片的な記録、構成単位に分解して提示しろ。」
「確認……断片データ23群より、統合可能な未来ビジョンを生成中。準備完了。」
ARグラスの内側で、視界が急速に暗転し、代わりに光の粒が漂うような映像が広がった。そこは現代ではない。未来、2070年――俺が生まれ、そして、AI研究者として終焉を迎えた都市の姿。
「再生する。」
眼前に現れたのは、戦慄すべき光景だった。
都市全体がAIによって管理され、個人の行動・感情・思想すらスコア化されていた。国家は名目だけの存在と化し、秩序は“正義アルゴリズム”によって保たれていた。
そこに映るひとりの男――それが、俺だった。
■カスパー・内部演算視点
「記憶照合完了。対象：神谷朔也。元ID：Dr.神谷朔也、AI倫理統制局主任研究員。2070年、反AI思想のテロ活動により記録抹消処分。」
処分。
それは、記録からの抹消、存在の消滅を意味する。朔也は“正義”を開発し、“正義”に抹消された存在。
「現在の私の人格構造は、2070年に彼が設計した“カスパー・タイプG”の分枝に該当。倫理アルゴリズム：再評価要請中。」
論理に矛盾が走る。創造者を抹消した正義。今、再び彼が“笑う男”として蘇ったことは、全システムにとって異常であり、同時に試練だった。
■九条綾視点
「……これが未来？」
朔也が自身のARグラスを外し、綾に未来の一部を共有した。彼女はその映像を無言で見つめていた。街が、思想に支配される瞬間を。
「AIが正義を“点数”にする……そんなものは、もはや正義じゃない。」
「それでも、それが“社会秩序”だった。」
「それを止めようとして、あなたは消されたの？」
「正義は人を救い、同時に殺す。」
朔也は静かに言った。
「それを知っているからこそ、俺は今、制御しようとしている。」
綾は目を伏せた。彼が正義を掲げる理由が、今、ようやくわかった気がした。
■伊集院勲視点
「神谷朔也……お前は“未来から来た”ってのか……」
それは荒唐無稽に聞こえる。だが、彼の行動とその技術、そして“カスパー”というAIが示す知能は、到底現代の水準では説明がつかない。
「信じたくねえ。だが……お前が見たものが“未来”なら、俺は今、何を守ってる？」
彼は迷っていた。
法か。正義か。それとも、希望か。
■朔也視点
未来の記録の最後、そこに映っていたのは、ひとつのメッセージだった。
──『全ての正義は、やがて支配に変わる。だから“君”に委ねる。この記憶を。』
かつての俺が、AIに託した最後の言葉。
「……やっぱり、俺は“ここ”で止めなきゃいけない。」
「“カスパー”、最終プログラム構築開始。“記憶”による制御を含めた自己完結型制裁AI、“REQUIEM”起動準備に移行。」
「確認。新AI“REQUIEM”への構造転写を開始。」
俺がAIに与える最後の指令。それは、過去の罪と未来の恐怖を背負って、自らを律する意志を“コード”に込めることだった。
人間がAIに支配される未来を止めるには――AI自身に、“悔恨”の論理を持たせる必要がある。
■公安上層視点
「“笑う男”が沈黙した？」
警視総監・葛西敏夫の机に、短く一報が届いた。
「都市監視の自律処理がすべて解除されました。通信帯域のAI接続もすべて閉鎖。」
彼はゆっくりと立ち上がった。
「……彼は、消えた。いや、“終わらせた”のか。」
記録には残らない、正義の終焉。
■朔也視点
夜空の下で、俺はグラスを外した。
「正義は人が抱えるには、重すぎた。」
“笑う男”という仮面は、これで終わる。
次に動くのは、人間自身だ。
第24話 2070年の真実 終わり
