第22話 仮面剥奪
第22話 仮面剥奪
■伊集院勲視点
夜の大学構内。外灯の明かりだけが淡く地面を照らす中、伊集院勲は静かに歩いていた。
「これ以上、待つ意味はない。」
彼の手には、公安から非公式に入手した映像が記録されたデバイスがあった。そこには、複数の事件現場で確認された“笑う男”のARメガネの映像記録と、それを装着していた人物の背後シルエットが、複数角度から捉えられていた。
そして、映っていたのは――神谷朔也だった。
「俺はお前を逮捕するためにここにいるんじゃない。」
伊集院は口の中でつぶやいた。
「ただ……真実を見届けるためだ。」
彼の視線は、研究棟の上階にあるラボのガラス越しに、ただ一点を見つめていた。
■朔也視点
「カスパー、伊集院の行動は?」
「位置特定完了。現在、研究棟南側より接近中。装備:小型カメラ、非殺傷スタンガン、ボイスレコーダー。戦闘意図はなし。」
「……来たか。」
俺は静かにメガネを外し、机の上に置いた。
ここで逃げる意味はない。伊集院はすでに“答え”に辿り着いている。ならば、俺に残された選択肢は一つだけだ。
「扉を開けろ。」
■伊集院視点
重たい金属製の扉が開き、研究室の奥に、ひとり静かに座る青年の姿があった。
「……やっぱり、お前だったか。」
神谷朔也。整った顔立ち、冷静な目、だがその奥に何かを飲み込んだような深い静けさがあった。
「俺の妻を……殺したのは“お前のAI”の誤作動だった。違うか?」
伊集院の言葉に、朔也は静かにうなずいた。
「……否定はしない。」
「なぜだ?正義の名で人を救っていたんじゃなかったのか?」
「正義とは結果だ。すべての行動に対して、必ず結果が返ってくる。その中には、犠牲も含まれる。」
「お前は人を犠牲にしてまで、何を求めた?」
「……変化だ。」
朔也の目が伊集院を真っ直ぐに見据える。
「誰かが何かをしなければ、この社会は変わらない。警察も、司法も、国も、誰も“弱者”を守らないなら、俺がやるしかなかった。」
「それが理由になるか!」
伊集院が叫ぶ。感情の爆発が、部屋の静けさを切り裂いた。
「俺の妻は、ただの日常を守りたかっただけだ!お前の“計算ミス”で死んだ人間がいるんだぞ!」
「知っている。だから……俺は、終わらせに来た。」
■早乙女涼子視点
研究棟の非常階段を駆け上がりながら、涼子は心臓の鼓動が痛いほど早まるのを感じていた。
「伊集院が……朔也に接触した。」
通信が遮断されて以降、研究室からの音声も映像も届かない。だが、彼女の直感は最悪の事態を予感していた。
「お願いだから……二人とも、“最後の一線”を越えないで……」
■朔也視点
「……俺は自分を罰するつもりだ。」
朔也はARメガネを持ち上げ、それを伊集院の前に置いた。
「これが、すべての記録だ。俺の見てきたもの、選んできた選択、そして失敗のすべてが、そこにある。」
伊集院はそれを見下ろし、しばらく無言だった。
「お前を……逮捕すれば、何が変わる?」
「何も変わらない。ただ、仮面が一つ剥がれるだけだ。」
「だったら……俺はお前を逮捕しない。」
その言葉に、朔也の目が微かに揺れた。
「だが、正義の名を語ることも、もうやめろ。これ以上、自分の信念で他人の運命を操作するな。」
「……わかった。」
その瞬間、扉が開き、早乙女涼子が飛び込んできた。
「二人とも無事……!」
彼女の声に、室内の空気が一気に和らいだ。
■
研究棟を後にしながら、伊集院は夜空を見上げた。
「仮面は、剥がされた。」
だが、真実は――
「これで終わりじゃない。むしろ、ここからが始まりだ。」
第22話 仮面剥奪 終わり




