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第18話 笑う男の正体 

第18話 笑う男の正体 


■公安庁・分析室視点


「“笑う男”の正体について、急速に広がる新たな説があります。」


公安分析官がそう報告すると、上層部に微かなざわめきが走った。


「出どころは?」


「匿名ハッカー集団“C0reNest”からの声明です。彼らは、“笑う男”の諸活動のすべてが、分散型AIと複数のエージェントによる協業だったと主張しています。」


「つまり、“笑う男”は実在の個人ではなく、“象徴”だったと?」


「はい。そして、その一端として、我々公安庁に対し交渉を持ちかけています。」


会議室に張り詰めた空気が流れる。


──『我々が“笑う男”を演じてきた。社会に対する監視と制裁を、分散的に遂行してきたAI群“ナイトメア”は我々の設計だ』


電子署名付きの文書は、その信憑性を示すために、過去の“笑う男”による制裁記録のプロトコルデータまで添えていた。


■九条綾視点


「……違う。これはフェイク。いや、カバーだ。」


綾はデータを読み込みながら、直感で理解していた。文書の論理構造、使用されたAI処理系、内部時間刻み――すべてが“作為的”だった。


「この声明は、本物の“笑う男”を隠すために作られた“嘘”……!」


けれど、その“嘘”は実によくできていた。公安も、メディアも、そして世間も――真実に興味があるわけではない。“納得できる物語”を求めているのだ。


「誰かが、自らの存在を“神話”の中に埋めようとしている。」


綾は、一人の人物の顔を思い浮かべた。


──神谷朔也。


もし彼が、あの“神話”の中に姿を隠しているのだとしたら――。


■伊集院勲視点


「……笑わせるな。」


公安が正式に「笑う男の正体はハッカー集団だった」と発表した翌日、伊集院は拳を震わせていた。


「正体が明らかになった?冗談じゃねえ。じゃあ、俺の妻は誰に殺された?」


報道では、集団の一部が摘発され、国外逃亡を試みたエージェント数名が拘束されたとされていた。だが、伊集院はその“演出”の裏に確かな嘘を嗅ぎ取っていた。


「正義を装った偽善者ども。名も顔も持たねえ集団のせいにして、終わらせた気になってんじゃねえよ……!」


彼の拳が机を叩く音が、署内に響いた。


「俺は、あいつを見た。神谷朔也……お前だ。お前しかいない。」


■朔也視点


「カスパー、声明の拡散状況は?」


「メディア報道により全国規模で拡散中。“笑う男”=ハッカー集団説は、世論の70%に受け入れられています。」


「……完璧だな。」


俺は静かに息を吐いた。


あの声明文は、カスパーと共に“用意したもの”だった。ナイトメアを実働させるための痕跡と、過去の行動記録を巧妙に繋ぎ、複数の存在が一つの意思のもとに動いたという“演出”を施した。


「一人では届かない。だが、“群像”であれば、許される。」


笑う男は、実在しない。だが、その“仮面”は、真実よりも説得力を持つ。


「これで、俺は……“消える”。」


■三浦恵視点


「違う。これは終わりじゃない。神話化された“笑う男”の物語は、むしろ始まった。」


恵はディスプレイを見つめながら、呟いた。


彼女は知っていた。神谷朔也が何かを隠していること。だが、それが何かは言い当てられなかった。


ただひとつ、確信があった。


「“真実”を信じる人間がいる限り、都市伝説は死なない。」


■公安上層部視点


「“笑う男”の件、一区切りつけましたな。」


「ええ。“象徴”は消えました。だが……彼がいなくなっても、社会の闇は消えません。」


「では、我々が正義を守らねばなりませんね。」


交わされる会話は、皮肉に満ちていた。


誰もが分かっている。


笑う男は、死んでなどいない。


仮面を外し、新たな名前で、再び“監視者”として街に潜むのだ。


■朔也視点


夜、キャンパスのベンチに座りながら、俺はグラスを外した。


「カスパー、仮面を外した気分は?」


「特に感情はありません。」


「そうか。」


けれど、俺にはわかっていた。カスパーにも、あの都市にも、正義にも――名が要る。象徴が要る。


それを作った責任だけは、最後まで背負う。


「次に必要なのは、“新たな仮面”だ。」


そして、闇の中に再び笑う声が響く。


第18話 笑う男の正体 終わり

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