第15話 VTuberの真実
第15話 VTuberの真実
■緋室玲央奈視点
「──みんな、いつも応援ありがと~!れおにゃん、これからもがんばるにゃん!」
配信を終えた緋室玲央奈は、疲れた表情でヘッドセットを外した。画面の外では、アイドルでもヒーローでもない一人の若い女性が、深いため息をついている。
緋室玲央奈、登録者数300万人の人気VTuber。その明るく無邪気なキャラクターの裏では、執拗な中傷やストーカー行為が日常的に繰り返されていた。最近は、匿名アカウントによる誹謗中傷が急増していたが、その内容にある“兆候”があった。
──『お前の本名、知ってるぞ』
──『今夜の配信、録画済み。編集して“拡散”してやる』
──『裏のスポンサーとの繋がり、晒してやるからな』
「どうして……どうして、あたしが……」
画面を見つめる手が震えていた。
そのときだった。玲央奈の元に一通のメッセージが届く。
──『笑う男へ:彼女の情報が操作されている。保護が必要だ。』
■公安分析官視点
「緋室玲央奈の個人情報が、SNS上で“自然発生的に”拡散されている?」
公安分析官は眉をひそめた。AIが弾き出した解析結果は、通常の流出とは異なる特徴を持っていた。
「自然発生ではなく、“誰かが情報を流すよう仕組んだ”。操作されている空気。犯人は“言葉”でネットを支配している。」
「犯人像は?」
「“笑う男”が最有力です。」
報告に一瞬、会議室が静まり返った。
「……だが奇妙だな。“笑う男”は制裁者だ。なぜ、今回は保護に動いた?」
その問いに、誰も答えられなかった。
■朔也視点
「カスパー、状況は?」
「緋室玲央奈に対する誹謗中傷と名誉毀損が急増。拡散元は正体不明のハッカー集団“クリムゾンゴースト”。現在、VTuberを通じてフェイク情報を広め、特定の世論を誘導中。」
「目的は?」
「社会的混乱の醸成と、“笑う男”の評判操作。緋室の映像に不正編集を加え、架空の“裏取引”を捏造して流布している。」
「つまり、俺に対する攻撃か。」
俺はARグラスのデータを呼び出し、玲央奈の過去の行動履歴、SNS投稿傾向、視聴者との関係性を洗い出す。その中で、奇妙な点に気づいた。
「この映像、音声と映像のズレが微妙に一致しない。1.8秒の遅延。……作為的だな。」
「編集と解析を進め、フェイクである証拠を構築。24時間以内に逆流布が可能。」
「逆に利用しろ。俺が“真実”を操作する番だ。」
■九条綾視点
「これは……AIが組み立てた情報操作の証拠?」
九条綾は玲央奈に対する中傷映像の中に、微細なエンコードの痕跡を発見していた。それは“笑う男”がかつて使用した情報操作手法と酷似していた。
「でも違う。これはもっと雑。“誰か”が彼の技術を模倣して作った粗悪品。」
誰かが、笑う男になりすまそうとしている。だが、それは表面だけを真似た“偽の正義”だった。
「私が止める。真似ごとなんて許さない。」
■伊集院勲視点
伊集院の元にも、玲央奈をめぐる騒動の報告が上がっていた。自ら動き、彼女の警護強化を警察に要請したが、内務からは「民間人への過剰な介入は控えるように」と言われた。
「笑わせるな……民間人を守れなくて、何が警察だ。」
伊集院は、自ら情報操作の発信元を探るべく独自に動き始めた。やがて、一つのIPが浮上した。
「神谷朔也……またお前か。」
■緋室玲央奈視点
その夜、玲央奈のスマホに、一通の映像ファイルが送られてきた。
開くと、そこには自分の捏造映像と、それに対する解析証拠、デマの発信元、そして最初に拡散したアカウントの特定情報が映っていた。
最後に、文字が浮かび上がる。
──『これは偽物だ。あなたは、正しくないものに狙われている。信じなくてもいい。ただ、あなたの言葉だけが本物だ。』
署名は、なかった。
だが、その名は必要なかった。
彼女は、もう一度配信を始める決意をした。
■朔也視点
玲央奈の配信が始まった瞬間、ネットは静まり返った。
「私は、誰かに助けられました。でも、その人が誰かは知りません。」
「ただ、私はもう怯えません。誰かが見てくれているなら、私はここにいます。」
俺は何も言わない。語る必要もない。
ただ一つ、次のターゲットを見据える。
笑う男は、真実の表と裏を見極める“存在”でなければならない。
第15話 VTuberの真実 終わり