第14話 闇の連鎖
第14話 闇の連鎖
■早乙女涼子視点
「漏れたわね……」
早乙女涼子は、公安庁のデジタルインテリジェンス室で一人、モニターの前に立ち尽くしていた。
流出したのは、警察上層部と特定の闇組織との癒着を裏付ける極秘文書。電子署名は偽装されていたが、内容は精緻で、日時、会話、金銭の流れに至るまで正確だった。精度95%以上。フェイクとは到底言えない。
「流出元は“笑う男”で間違いありません。」
部下の報告に、涼子はゆっくりと頷いた。
「彼が敵に回った……それだけのこと。」
内部告発者たちが次々と公安内の“掃除対象”になり、現場は混乱を極めていた。信頼の根幹を揺るがす暴露。それは、正義を掲げる者たちを疑念と不信に沈めた。
「彼は何を見ているの……何を壊そうとしてるの?」
自問は、答えを持たない。
■硲龍一視点
「クク……面白いことになってきた。」
硲龍一は、地下のシェルターで部下たちを前に笑っていた。
「奴は、正義って名の爆弾を投げた。それを警察も、公安も処理しきれねえ。」
「情報が腐る前に、こっちも動いた方がいいんじゃ……」
「待て。世論ってのは波だ。奴が荒らせば荒らすほど、こっちは“正義の被害者”になれる。」
「被害者……?」
「そうだ。少なくとも“警察に潰されたかわいそうな市民”ってな。そしたら、表の商売に逃げ込める。」
情報を暴かれても、それを逆手に取るのが闇の手口。硲はすでに、世論と法のあいだを泳ぐ術を心得ていた。
「それに、奴の目が“中”に向いたってことは、次は“外”が手薄になるってこった。」
■伊集院勲視点
「総監の名前まで出たか……」
伊集院は、灰皿の山にタバコを押し付けながら呟いた。
流出した文書の中には、かつて自分が信じていた上司の名も含まれていた。葛西敏夫――現警視総監。かつて、伊集院に「法こそが秩序」と教えてくれた男だった。
「……あんたも汚れてたのか。」
静かに吐き出された言葉は、裏切られた信念の断片だった。
彼の机の上には、神谷朔也の写真が置かれていた。あの少年は確実に関係している。何度も偶然を装いながら、事件現場の“核心”に存在していた。
「今の警察じゃ、奴を裁けない。なら、俺がやるしかない。」
■朔也視点
「カスパー、反応は?」
「SNS上での反応総数、37万件超。“公安の腐敗”“笑う男の制裁”が主要トレンド入り。一般市民の賛同率:64%。」
「なら十分だ。」
俺が流した情報は、もともと公安内部に眠っていた“本物”だった。ただし、それを公にするためには“正義の名”が必要だった。
俺の名ではなく、笑う男の名が。
「ナイトメア人格、追加生成。“ジュウザ”“オニガミ”をSNSに投入。特定警察官の監視発言と連動して“内部粛清”のフレーズを拡散。」
「都市伝説としての存在価値を高める施策か?」
「そうだ。“真実は笑う男が暴く”という信仰を作る。」
情報は武器だ。使い方次第で、法よりも強い制裁になる。そしてそれは、復讐の欲を持たない分だけ、合理的で静かだ。
だが――
「リスク上昇。公安の一部で反撃の兆候。九条綾の行動ログに“不審なAIトラフィック”の記録あり。」
「彼女が動くなら、少しばかり抑えが必要か。」
彼女は敵ではない。だが、真実に辿り着こうとする意志がある。警察と違い、彼女には“正義を揺るがす論理”を持っている。
■九条綾視点
「また嘘の記録……いや、これは“意図的な真実”だ。」
研究室の暗がりの中で、九条は自らのプログラムを見直していた。あまりにも完璧に偽装された情報の流出。通常の偽造ではない。これは、理論に基づいて“仕組まれた現実”。
「この演出、知能犯か、それとも……」
ふと、ある名前が脳裏に浮かぶ。
──神谷朔也。
なぜだろう。彼の静かな眼差しの奥に、今の状況と似た“歪な知性”を感じた気がする。
「神谷君……もし君があの男なら、私は止める。」
■朔也視点
“暴露”とは、常に連鎖する。
腐敗が明らかになれば、正義も問われる。
俺はただ、その均衡を揺らしているにすぎない。
仮面の下で、また一つ笑う。
第14話 闇の連鎖 終わり