第11話 管理官の過去
第11話 管理官の過去
■朔也視点
「公安警察・早乙女涼子の端末に不正アクセスが試みられた形跡あり。侵入元、未特定。アクセスされたファイル:'個人調査記録(非公開)'フォルダ。」
カスパーの報告に、俺は眉をひそめた。公安の内部端末、それも管理官クラスの個人記録が狙われたというのは、通常のサイバー攻撃ではない。
「その記録を閲覧できる権限を持つ人間は?」
「管理官自身のみ。上位組織への報告も未実施。つまり、彼女はそのデータを私的に管理している。」
「……表示しろ。」
そこに記録されていたのは、ある一つの事件の全貌だった。
十年前。警視庁内部で発生した組織的な証拠隠蔽と、操作の意図的なミスリード。その被害者は、ひとりの主婦。涼子の母親だった。
暴力事件の巻き添えで命を落としたはずの彼女の死には、組織内部の腐敗と、政治的配慮が絡んでいた。
「母親の死を“事件性なし”と処理した刑事部長は、現在、警視総監・葛西敏夫。」
カスパーが静かに告げる。
正義を信じる者が、その正義に裏切られた。それでも涼子は公安という組織に残り、秩序を信じ続けてきた。だが、その裏で彼女は個人的に調査を続けていた。自らの母親を見殺しにした組織に対し、真実を暴くために。
「彼女の調査内容を記録しておけ。ただし、外部には一切漏らすな。」
「承知。」
■
その夜、公安部の内部に、匿名の情報が送られた。
──『過去の警視庁隠蔽工作に関する証拠が見つかった。被害者:早乙女凛。データは“笑う男”が所持。』
添付ファイルには、当時の捜査メモ、鑑識記録の削除履歴、葛西総監の署名が入った“調査打ち切り通達”が含まれていた。
同時に、社会的な混乱を防ぐため、公安上層部の端末に警告が表示された。
──『正義を歪めた者は、正義に裁かれる。』
涼子の手には届かない正義を、“笑う男”が代わりに届ける。彼女の苦悩も、怒りも、俺には痛いほど理解できた。
だが、彼女に正体を明かすつもりはない。これが、俺にできる唯一の贈り物だ。
■
翌朝、公安部の幹部会議が密かに開かれたという情報がカスパーから流れてきた。
「総監直属ルートでの処分検討開始。内部調査班が設置される可能性あり。」
正義は動き出した。だが、それは決して清廉な正義ではない。表向きは組織の“自浄”として演出されることになる。
涼子がどこまで知るかは分からない。けれど、彼女の中の炎は消えないだろう。
そしてその日、涼子のSNSにひとつの短い投稿があった。
──『母さん。ようやく、ここまで来たよ。』
俺は何も語らず、画面を閉じた。
■
その夜、カスパーが低く告げた。
「葛西総監、内部処分の対象に含まれる可能性32%。ただし、情報の発信源が不明であるため、確定には至らず。」
「それでいい。これは“報復”ではなく、“記録”だ。記憶されることが、最も強い制裁になる。」
AIが何も言わない時間が、妙に心地よく感じた。
第11話 管理官の過去 終わり