第9話 被害者の叫び
第9話 被害者の叫び
■朔也視点
「朔也、新規メッセージ受信。内容は音声データ。投稿者不明。再生するか?」
「内容を分析してからだ。」
カスパーが即座に処理を開始し、数秒後には判定結果が返ってきた。
「音声主:女性。年齢推定28歳。音声の抑揚、呼吸の乱れ、背景ノイズから自室内録音と断定。内容は、特殊詐欺グループに対する訴えと助けを求めるもの。」
「名前は?」
「小野寺つぐみ。職業:フリーランスのグラフィックデザイナー。2ヶ月前に大手通信会社を装った詐欺に遭い、預金口座が凍結。生活困窮状態にある。」
「直接的な通報は?」
「警察への通報記録は確認できず。SNS上に“笑う男”宛ての投稿を繰り返している。該当アカウントを共有。」
俺のARグラスに、女性のアイコンと短いテキスト群が映し出された。
──『誰か、助けてください。正義が届かないなら、せめて制裁を。』
──『私はもう声を上げることしかできません。でも、誰かが見てるなら……』
SNS上で都市伝説と化した“笑う男”に向けて放たれた、名もなき被害者の声。その叫びは、虚空に消えていくかに思えた。
だが、それは俺に届いた。
■
詐欺グループの情報は既にいくつかの断片としてカスパーのデータベースに存在していた。だが、決定的な証拠が不足していたのも事実だ。
「つぐみが送金した口座、受信先を追え。」
「確認完了。受取口座は都内のレンタル名義。暗号通貨への変換が即座に行われ、以降はフィルタを三重に通している。」
「その先を追え。」
「了解。3時間で暗号通貨ルートの90%を解析。最終的に到達したウォレットアドレスを特定。所有者は、詐欺グループ“黒羽会”の幹部、柏木惣一。」
詐欺に特化した犯罪集団。暴力ではなく、情報と嘘で人を殺す。
今回も、“誰か”が命を絶っていたかもしれない。
「証拠の構成に入れ。録音、送金記録、構成員の通信ログを時系列に整理。さらにナイトメア人格を作成。」
「新AI人格“カゲマル”起動準備中。プロファイル適合率92%。」
カスパーが即座に“柏木惣一に酷似した人格AI”を構築し、匿名掲示板に出現させた。その人格は、過去の犯行を“自白”する形で書き込みを行い、グループ内部の金の流れや被害者の名前を晒した。
世論は爆発した。『つぐみ』という匿名の被害者が、ネット上で可視化されたことで、無関心だった群衆がようやく反応を示した。
同時に、俺は公安へのリークを実行。詳細な資金洗浄ルート、通信手段、アジトの所在までを添付し、送信。
「72時間以内に警察突入の可能性70%以上。現在、組織のメンバーは混乱状態にある。」
■
そして、3日後。
ニュース速報が流れた。
──『詐欺グループ“黒羽会”幹部ら8人を一斉逮捕。特殊詐欺の被害総額は2億円以上と見られ……』
画面の隅に、“市民からの情報提供による逮捕”とだけ書かれていた。だが、それだけで充分だった。
俺が何者かを知る必要はない。つぐみが、自分の声が届いたと感じるだけで。
■
その夜、つぐみのアカウントに一つの返信が届いた。
──『声は届いた。あなたの叫びは、誰かを動かした。』
それは“笑う男”からの唯一の言葉だった。
俺は、画面を閉じると、部屋の天井を見上げた。静寂の中、カスパーがまた一つデータを処理する音だけが響いていた。
「声なき者の声を、誰が聞く?」
それが、俺の問いであり、答えだった。
第9話 被害者の叫び 終わり




