教師が倒れ
教師が一人倒れた。
というのも今回、植物園の区画の一つが六割がた燃えたわけだが、当然そこに生えていた毒草毒花にも被害は出た。
古くに生成された区画だった為に生えていた植物は全て貴重だったらしく、入手先も限られてるし何なら地上じゃもう自生していないのも全然あり、復元に結構時間をかけているらしい。
当然と言えば当然だ、学園施設が燃えたんなら復元する必要があり、区画内の地形だけなら元通りに自動修復されるが後から植えられた植物はそうはいかない。
元通りにしたいんなら、なくなった植物をまた植え直す必要がある。
けれど問題はその植物が入手困難ってことだ、その為何人か教師が集められて復元に取り掛かるらしい、流石に今回は生徒に丸投げされなかった。丸投げしたらどんなことになるか分からないっていう強い要望があったらしい。
その為普段仕事を殆どせず、酒飲んで寝て二日酔いに迎え酒で挑んでいる教師の一人も召集され。
大変珍しく仕事をすることになり、久しぶりの労働にストレスが溜まり飲酒量が増加し。
結果とうとう内臓の方が限界を迎え急性アルコール中毒で倒れた。愚か。
この学園は名門であり、当然教師陣だってそれなり以上のメンバーがそろっているのだが、生徒と同じく愚かな者が多い、馬鹿と天才は紙一重を見事に体現した奴らなのだ。
なんせこの学園の教師の殆どが学園の卒業生なので。これが負の連鎖って奴なのかね。
ともかく、教師が一人倒れたという事実は次の日には新聞部により校内新聞の一面を飾り、学園中に広まった。
それに生徒はざわめくを通り越してお祭り騒ぎだった。人の不幸が楽しい奴らの多い事。
とはいえ、それも仕様のない事、なんせ教師って奴らは普段はちゃらんぽらんのダメ人間どもだが、それでも教師なのだ。
生徒がどんなことをしても、いつもほぼ無傷で、なんてことないように最後に笑っている奴らっていう奴ら。
天才鬼才と持て囃された生徒たちをして、背中しか見えないバケモンども。
そんな教師の一人の醜態である。
騒ぎたくなるのも当然のこと、ロエルもテンションが上がったしどんなちょっかいをかけようか心を躍らせた。
そして、そう思うのはロエルだけではなく、生徒が見舞いという名目で保健室に集まった。
名目。
そう、名目だ。
なんせみんな教師が倒れようが死にかけようが心配なんてしないもの、ある種の信頼ともいえる、或は普段授業中やテストで鬱憤が溜まっていて恨んでるか、もしくは両方か。
見舞いなんざ単なる名目なので、みんな好き勝手に普段の鬱憤を晴らすがごとく教師をおちょくり煽る。
教師には敵わないが、それと教師を嘗めていないかは別問題なのだ。
授業中だろうと野次を入れ皮肉を言い罵詈雑言が飛び交う、ある意味とってもアットホームな授業風景だ。
多分、今までの人生で授業を真面に受けないといけない、という事が少ないガキどもが集まっているからだろうな。
授業を真面目に受ける、という経験が余りにも少ない、経験したことがないから実行も出来ない。そして教師による少し過激な教育的な指導が入ったり、あるいは丸っと無視したり、そもそも教師が自習にして授業をしなかったり。
そんな訳で、教師相手にだって生徒は遠慮も配慮もしない。
ある生徒は教師の自室に侵入し、酒を盗んでその足で禁酒を宣告され、この世の終わりのような顔の教師の前で態々見せつけるように飲みほした。
因みにその生徒は酒に弱かったらしくそのまま意識を失い教師の隣のベットで寝ることになった。
多分その日の晩はずっといびられるだろうが、マァ強く生きろ。
またある生徒は教師の隣に潜り込んで、添い寝しながらわざとらしく底意地の悪い笑みを浮かべ、今の気持ちを尋ねながら煽りに煽った。
クソうぜぇ煽りをかました生徒は教師により窓の外に投げ捨てられたが、保健室は一階にあるのでそこまでダメージは入らないだろう。
事実しっかり受け身を取っただけで無傷の生徒は捨て台詞吐きながら去って行った。
対して教師は他の生徒にこれ幸いとアホ程責められた、弱みがあったら全力で突く。全く性格の悪い奴らだ。
責められた教師は不貞腐れた顔と共に舌打ちを返した。とても教師とは思えないので即刻クビになるべき。
またある生徒は保険医のいない隙を見計らって酒瓶をちらつかせながら成績の交渉を行った、しっかり魔法のかかった契約書を片手に持って。
かなり効果の強力な、少なくとも学生のお遊びで出て来るようなランクじゃない奴。マジなのか冗談なのかイマイチ分かりづらいが、破られて爆笑してたので冗談だったのだろう、ワンチャンは狙ってたかもしれないが。
一体どこで入手したんだか。
そんな感じで高い能力をフルに使って無駄な遊びをする生徒たちは、保健室に集まって大騒ぎしていた。
因みに、ロエルは参加してない。
参加してないが、件の教師に補修でしごかれた恨みは有ったのでパーティークラッカーを箱で買って保健室前に置いておいた。
お陰でみんな保健室に入るときに一つ持って入り、何かを言うより先に先ずはクラッカーを鳴らした。とても保健室とは思えない音が響くが、マァ使ってもらってるようで何より。
ロエルも喜ぶ生徒を見るたび善行してる気分になれるから嬉しい。
さて、先述した通りロエルは現場にいない。
ではなぜこんなにも詳しく、まるで直接見聞きしてきたような反応が出来るのか。
そりゃ、実際に見ているし聞いているからだ。
ロエルは『探求』をテーマとする深淵寮の生徒であり、得意な魔法も探求系統だ。
別に、その寮に所属しているからとそのテーマが得意である決まりはないが、寮決めは本人の素質とかで決まるので得意なことが多い。
では、五大テーマにおける探求とは何か、一言で言うなら知るための魔法である。
記録し、観測し、分析し、解析し、紐解き、未知を既知にする魔法である。
そしてロエルが最も得意なのは蝶を目とし、耳とする魔法である。蝶を通して見て、聞いて、記憶を記録として読み取る。
マァ例えるなら簡単な千里眼のような、あるいは耳と目に直に届く監視カメラみたいなもの。
得意な魔法なので、ロエルは視界は二十まで、音は十一までなら別々で同時に認識できる。
ロエルは制御系統は得意ではない、故に蝶の操作には難がある、けれど学園中に無数の蝶を放し飼いにしている。
何故か。
簡単な話、知る為である。
学園という小さい箱庭での人の動きを、飛び交う噂を、つまりは人間についてだ。
どんな状況でどう動き、どう考え、何がどう変わるのか。
関心が尽きない、見ていて飽きない、愉快で興味深く面白い。
ロエルの行動は、要は完全なる趣味であり、人間に対する好奇心と、日常にほんの小さな石を投じたらどうなるのかという悪戯心。
とはいえ、この学園内は流石に全てに蝶は配置できない、まず教師が相手だとあちらが許容しないとダメ。その他いくつもの施設が結界とか人力で入り込めないが、マァ直接持ち込めば行けるとこはある、植物園とか。
いくら狂人しかいなくともここは名門校、残念なコトにいち生徒が突破できる程度のセキュリティはしてない。
が、生徒相手なら別だ。
基本的に、生徒は態々ただの蝶を一々消したりしないし、観察するだけなら十分以上に使い勝手がいい。
どこでネタが割れたんだか知らないが、やってることがバレていたようでこの間話付けに訪ねた新聞部で勧誘を受けたが、バレない筈なんだよな本来は。
あと蝶は魔力を食らって生存しているので、食らった魔力に問題があると死ぬ、魔力が食えない環境に放り込まれても死ぬ。結構繊細な危険生物なのだ。放し飼いするときは管理に注意を払う必要がある。
そんな大量の監視カメラで学園中監視しているロエルが眺めていた保健室での騒動だが。
最終的に保険医がキレた。




