生徒が襲われ
襲われた生徒についでだが。
今回被害に遭ったのは生物研究部に所属する生徒のようだ。
深淵寮所属の三年生。
ロエルと同じ寮に所属する先輩だ。
魔法というのは、大まかに五つに分かれていて、それらをまとめて五大テーマと呼ぶ。
そしてこの学園の寮は五つあり、それぞれがそんな魔法の五大テーマに対応していて、所属する寮のテーマにより生徒の傾向は異なる。
寮分けは入学式の最後に学園長の魔法で行われるのだが、どういうわけだか生徒の性質に最も合うところが振り分けられるのだ。
そしてロエルの所属する深淵寮のテーマは『探求』であり、所属する生徒は知的好奇心が豊富で、行動力があり、研究者気質かつ新しく生み出すよりは既存の物を調べるタイプが多い。
興味を持ったことにのめり込みやすく、すぐ周りが見えなくなり、興味のあるもの以外は眼中に入れないような。
言葉を選ばずいうと知識欲に取り憑かれていて、自分の興味関心のあることの為なら死んでも喜べる狂人が多いのだ。
今回襲われた先輩も大層幸せそうな顔で意識を飛ばしていた。
正直ロエルとしては深淵寮に所属する限り、そんな奴らと同類扱いされるのは勘弁願いたいところだが、それはそれとして頭の可笑しい奴が多いので両の方針も大分自由だ。
基本自己責任なのがいい、マァこれはほとんどの寮がそうだけど。
深淵寮はその中でも、寮生間の問題は二十四時間経ったら持ち出さないと決められているのだ。
なんせ同じ寮なのだ、身近にいるモルモットで手元にある研究成果を試そうと思う生徒が多過ぎて、放置してたら寮生間の潰し合いが頻発し、酷い時は卒業生が入学時の二十分の一に減っていたことがあったらしい。
流石にその状況を憂いた心優しい当時の寮長が卒業するとき、魔法で寮にそんな感じの規則を敷いたそうだ。破ると四肢のどれかがランダムで破裂する、偶に耳も破裂する。呪いだろ。
実際その卒業生は呪術に関して熱心に調べてたらしい、心優しいって形容であってるのか微妙だが、他者の為に動けるのなら心優しいんだろうな。
後輩たちで長期的かつ高度な呪いの実験した可能性から目を逸らせば、そう思えなくもない。
同じような理由で翠影寮も寮生間の問題は時効が定められているらしいが、あっちは破ったらどんな罰があるんだろうな。
マァそんな規則に守られてるので、そして件の先輩が倒れてからもう三日過ぎてる、とっくに時効だ、安心して生活できる。
コレが他の寮だったらその被害者からの報復に備えるか、もしくは動けない今のうちに息の根止めるところだが、その心配をしなくて良さそうで何より。
さて、そんな先輩は生物研究部に所属しているのだが、この部は一言で言うなら生物に狂った連中の集まりだ。
ロエルも所属している。
因みに、ロエルは基本自分の事を頭のイカれた奴らと違って真っ当な部類だと思っているが、そんな事は全然ない。
そも頭イカれてなきゃ、法律に反するような危険な植物が大量にある区画に、環境に応じて変化する蝶なんざ放たないし。
その所為で怪我人が出た時、まず考えることが蝶を回収する手段とか、被害者の報復への備えとかな時点で十分頭おかしいだろう。
本人はそんな事ないと思ってるけど。
そんな頭おかしい奴の巣窟に所属する生徒は深淵寮が多めだ、次いで翠影寮。掲げるテーマは『創造』、所謂マッドサイエンティストな生徒が多い。
爆弾が爆発した、食事に薬が混ぜられてた、
とはいえ、その先輩が生物研究部に所属しているからと言って、別に今回の事件に部は関わっていない。
この間翠影寮生複数名が作った自立移動型破壊兵器が深淵寮に放たれて暴れ、いくらかの被害を出してあわや抗争になりかけた事件があった。
マァ抗争自体は阻止され話し合いの結果最終的に寮長二人の殴り合いで決着をつけたが。
普段引きこもってるくせに無駄に鍛えてる二人の、魔導士とは思えない己の身のみでのステゴロは大変見ごたえがあったし、大いに盛り上がった。
だがその決着はあくまで寮同士の決定であり、寮生個人の感情は流石にそれだけじゃ溜飲が下がらなかったので関係は悪化した、殴れなかったし。
そしてその二つの寮の生徒が多く所属している生物研究部は、寮生同士が争い部内で分裂しかけたのでほとぼりが冷めるまで活動を一時的に停止している。
マァつまり、件の先輩が勝手に情報を手に入れ、勝手に植物園に突撃したってことだ。
先輩が蝶に襲われる数時間前に、それはそれは生き生きとした表情で「植物園に飛んでる蝶お前のとこの!?」とテンション高く聞かれて肯定した様な気がするが、マァ植物園には他にも放し飼いしてるのでそのどれかを聞いたんだろうな。
その後植物園に突撃して蝶に襲われたのだろう。
見てないのに情景がありありと浮かぶのは、先輩がわかりやすいから、ということにしておこう。
さて、先輩が倒れたという記事が出たわけだが、その後実は五人くらい蝶を調べようと突撃した生徒がいたりする。全員生物研究部の部員だった、部は活動してないのにね。
一人目はやらかしたが、ロエルは学習する賢い子なので、二度魔は内容気を付けていた。
具体的にはその区画には目を光らせ、他に蝶に突っかかる生徒を発見次第襲い、記憶を一日くらい混濁させて植物園の外に放りだすようにしている。
魔蝶は大変便利なのだ。
毒の種類だけでも気絶させたり記憶障害起こしたりと豊富だし、隠密性に優れているので先輩だろうと不意を突けば気付かれずに襲える。
その性能ゆえ、昔は一族ぐるみで密偵とか暗殺とかやって栄えてたそう。物騒だね。
記事が出てから二日、その短い期間でなんで五人も蝶を調べようとするのかっていうと、単純に珍しいのだ。
魔蝶というのは、実は現在ロエルの一族が使役しているモノ以外、人類の生存圏では確認されていなかったりする。
マァ一族のほぼ全員が一匹女王種と契約しているので、ロエルからしたら魔蝶が珍しいモノという感覚はないが、結構貴重な生物なのだ。
そも一族が使役している魔蝶は、先祖が中央大陸探索をしてた時、遭難して死にかけた際に偶然出くわし、どういうわけだかそのうちの一匹と契約することに成功し、その力を借りて脱出した魔蝶の子孫なのだ。
その蝶が産んだ子には、子を産む蝶と産まない蝶が存在し、子を産む蝶を女王種と呼ぶようになった。
女王種は毎回、死ぬ直前に数匹次世代の女王種を産み、その次世代の女王種とまた別の誰かが契約するって感じで数をちょっとずつ増やしてはいるが、それでもちょっとずつなので。
魔蝶は普通の虫と違って世代交代のスパンが長いのだ、次の女王種はより強い個体にするためなのだろう。
そして、貴重な生物に対して生物研究部に所属する深淵寮生が興味を持たない筈もなく、前々から結構狙われてたりする。
流石に魔蝶を提供するのは怒られるし、もし万が一なんか新しい発見とかあったら正直凄い困る。
なんせ一族の人間が千年以上研究してるのに未だに不明が多いのに、他所の人間が調べてポンッと新発見した、なんて、流石にマズだろう。色々と。メンツとか、プライドとか、ホント色々。
そんな訳で適当に躱してたが、そこに今まで見たことない蝶が異常は環境で元気に生息してるのを見て無駄に勘のいい奴らは閃いたわけだ。
余計なことを。
ちょっと苛立ったのが、何もしてないのに直接仕返しするのはアレなので、嫌がらせとして保健室に送り込んでおいた。
別に藪医者ではないぞ、保険医は、むしろ腕は素晴らしくいい。
この学園に来る前でも普通に医者をしていて名医だなんだって騒がれてたくらいにはいい。
ただ、その、腕は良くとも患者とモルモットの区別が付いてないというか、つける気が無いというか、そんな感じの人ってだけで。
なんせ昔はちょっと名前をネットで調べたら色々情報が出てきたのに、今はあんまり情報が出てこない。
つまりはまぁ、そういう事なのだろう。
でも大丈夫、雇用時に学園長と結んだいくつかの契約で生徒が死ぬようなことは出来ないらしいから。
最終的に健康体になるんなら、その過程で何回か死にかけてもないのと一緒だろう。
マァ、ロエルは保健室に行くくらいなら即死したいって思っているけど。