蝶が野生化し
アルクレスト学園の植物園は広大だ。
この学園の建物は勝手に広がっていってるらしいので、当然見た目よりも広い、遭難者も普通に出ている程広大で、いくつもの区画に別れて古今東西様々な植物が植えられている。
その様々な植物ってのは何も授業の為にだけでなく、教師が研究の為に植えたり、あるいは生徒の単なる悪戯で取り寄せて植えたり。
マ理由は色々だが、兎に角ありえんくらいの豊富な種類が揃っている。
なんせ折角古代から存在する植物園だ、基本あらゆる植物の栽培に適している。
否、適するようになる、という方が正しいだろうか。
そんな素晴らしい施設を授業の為だけに使ってはあまりに勿体無い。
そう思ったのは定かではない。
ないが、兎に角絶対授業で使わない、むしろ何に使うんだって植物まであるのだからみんな好き勝手に有効活用しているようだ。
教育機関として過ぎた機能だと思うんだが、創設者は一体何を思ったのだろうか。
今回の現場はそんな植物園の八層の第三区画。
アルクレスト学園の植物園は、パッと見た限りガラス張りのドーム状の建物だ、見た目は。
残念ながらこの学園の施設をガラスで作るにはそれこそ、一枚一枚丁寧に建物一つ分以上の手間をかけて魔法で保護しないとひと月と持たずにぶっ壊れるので、当然ガラスで出来てはいない。
何で出来ているのかは全く分かっていないが、強度が素晴らしいので今日まで一度たりとも壊れることなく植物園用の浮島に聳え立っている。
因みにガラスっぽいのはホントにぱっと見の印象ってだけで中を覗こうとしても何も見えない、何なら反射すらしない。どうやって透明感のある板を透明感を残したままそんな状態に出来るのかはこれまた謎である。
中身は魔法で広がっていて、広がり続けて現在、二十六層まで存在している。
広大だが、精いっぱいわかりやすくするためだろうか、内部は植物の特性ごとの層と、最大二十の区画で分かれている。
因みに、区画の増加に層の数字は関係ない、重要なのは植物の特性だ。
例えば現在二十六層の区画は十七あるが、二十五層は五しかないし、二十四層はなんと二十まで満杯だ。
けれどもマァ基本的に、数字が若ければ若いほど出来てから長いと思っていい、なんせ二十までの層は区画が最大まで出来ているので。
それ以上増えることはない。
現在最も新しい区画は二十二層の第十七区画で、いうまでもなく一番古いのは一層の第一区画、ちなみに一層から五層は現在立ち入り禁止である。
つまり一桁代の層の第三区画ともなれば出来たのは軽く千年以上は前だろう。
当たり前だが、勝手に拡張されるのは植物園だけではない。当然だろう。作った人間が同じなんだから。
そんな植物園の八層は精神に影響する植物が植えられていて、第三区画はその中でも幸福感や酩酊感を感じたり、幻覚症状が出るようなものが集まっている。
四分の一位はいくつかの国を除いて法律で所持や栽培を禁止されていて、また四分の一位は国際法で禁じられている。
けどマ残りは地上じゃ絶滅してるから法には触れてない、セーフだな、セーフかな、セーフってことにしとこう。
マァつまり、その場所自体が危険なのだ、そこに行ってどうなろうともその生徒の自業自得だ、ロエルとしてはその件はどうでもいいと思っている。
そも、蝶を放ったくらいなんだというのだ。
この植物園、面白いことに植物は適した区画に植えるかそのまま外に持ち出さないと他の区画には移動できないが、なんと植物以外は持ち込みも投棄も放流も自由なのだ。
昔、三層のどっかに誰かが気まぐれで置いた竜の卵から竜が生まれ、住み着いたことがあったらしいし、生徒が放流した複数種の魔獣が繁殖して新種の魔物が誕生したこともあったそう。
植物園を放置してる学園は大分おかしいな。
とはいえそれも昔の話、さすがに今はそんな事態は起こらない。
なんせ植物園に住み着いている一部生徒と教師が勝手に取り締まってるので。
とはいえ無法ではなくなったが、それでも施設には禁止されてないのだ、ならいいってコトだろう。
というか、勘違いしないで欲しいんだが、ロエルとてこんなことをしでかすつもりはなかった、ソレは確かだ。
だって人的被害は後々の報復とか色々を考えると面倒なので、基本は出さない方向で行動している。
確かに今回、蝶を放った犯人はロエルだ、その蝶の主人といえる立場でもあった。
だけど別に無意味に気まぐれ発動させて放流したわけでもなきゃ、意図的にその怪我した生徒を襲わせたわけでもない。
ロエル・フィロリューレは魔蝶と呼ばれる特殊な蝶を使役する、それなりに古い魔導士の一族の生まれだ。
魔蝶というのは魔物に近い、というかほぼ魔物だが一般的に周知されてないので魔物に分類されていない。なんなら生物図鑑にも昆虫図鑑にもない。
この学園の図書館にはかろうじてそれっぽい記載がされてる書籍はあった、それを発見したロエルは大層驚いた。
それくらい、特殊な蝶なわけだが。
そんな魔蝶の一番の特徴は、環境に影響を受けて変化するところだ。
毒に漬けていたら毒を有するし、火で燃やしてたら火に強くなったり火を操ったりする。
その変化は羽化する前、卵の状態が一番起こりやすいが羽化した後も普通に起こるので。ロエルは試しに手持ちの毒を有する蝶の中で一番弱い個体を数頭はなってみた。
あそこ花多いし、魔蝶はその名の通り蝶に近いので花から影響を受けやすいとされている。
つまりだ。
ロエルは別に悪意があったわけではない。
ただ、魔法の五大テーマが一つたる『探求』を掲げる深淵寮の一隅として、特殊な環境に放った蝶がどのように変化するのか気になる、という知的探究心に従っただけだ。
悪戯心は三割しかなかった。
そして、使役しているとはいったが、正確にはロエルが契約しているのは女王種と呼ばれる魔蝶の中でも更に特殊な蝶だ。
女王種というのは、マァ普通の虫の女王を想像するとわかりやすいだろうか。
魔蝶の生態として、女王種が卵を産み、産んだ卵から羽化する魔蝶は自分を産んだ女王種に従う。
フィロリューレの一族の使役のベースはその性質を利用して、女王種経由で数多の魔蝶を操っている。
とはいえ、実際に契約している女王種とは違って、契約相手を経由して操ってるだけなので強制力は実はそこまで強くない。
例えばロエルが直接何かを指示したところで魔蝶は従わないし、ロエルの契約している女王種の産んだ魔蝶以外は操れない。
なぜ直接操らないのか。
そりゃ、一つの卵から生まれる数が多いからだ。そして孵す卵は一つに限らないので、魔法で扱う魔蝶の数は普通に百を超える。
そんな数を一々全部を魔法で使役していったら面倒なのだ。
別に、不可能ではない。
流石に使役する総数は減らすことになるが全部を使役するか、いくつかのグループに分けて使役した個体で先導するか、方法は色々ある。
実家にやってる奴何人もいたし、実際そっちの方が安定性は上がり細かい指示が上手く通るし、稀に起こる伝達ミスもなくなる。
でもその分面倒だし、残念ながらロエルは制御系は得意分野ではないのでやらないことにした。
ロエルの現状はつまり、基礎をそのまま使っているってことだ、末端の使役に関しては楽だけど突けば簡単に崩れる状況。
そんな訳で、今回はソコの問題が諸に出たのだ。
今回も途中までは制御できたんだが、途中何人かの生徒が面白半分でいくつも蝶に魔法をかけた。
完全に悪戯だっただろうソレが、どうも偶然意味分からん反応を起こし、結果末端の個体が女王種の支配下から外れたようだ。
つまり。
別にロエルだって蝶に生徒を襲えと指示したわけじゃないのだ。
単に制御できなくなって勝手に植物園の八層第三区画を縄張りにして野生化し。
結果、自分に近付いた生徒を攻撃したのだろう。
自分の本能に従っただけだ、蝶は悪くない。
そしてもちろんだが、何もしてないんだからロエルだって悪くない。