対面
「…ええ、それでもです。公爵」
私も父様にではなく、“グラッツィア公爵”にマリアの意思を伝える。
この世界は、いわゆる魔法があり精霊がいたり…とてもワンダフルな世界のようだ。
前世の私からでは想像つかないほどに常識も価値観も違って頭がクラクラしそうだ。
なるべく情報を小出しにしてくれると私としては物凄く有り難いのだが、現実は無情だ。
既にかなりの負荷がかかっている脳が爆発する前に、問題事が片付くことを願って。
そして精霊使い…お父様は精霊のことしか話していないけれど他にも何かありそう。
さっきから、まるで腐った林檎でも食べたかのように顔が歪んでしまっている。
本来なら私に裏の事を話したくなかったみたいだわ。
話すにしてももう少し成長してから、とでもお考えになっていたのかしら?
今までであればソレで良かったのかも知れないけれど…マリアの皮を被った、前世の私が混ざりこんでいるから心配しなくても平気よ?
まぁ、そのことを考慮してあげても…
「…いい加減にしつこいですわ、お父様」
「し、しつこい!?…」
「旦那様、過保護も程々にしなければお嬢様にそのうち嫌われてしまいますよ」
「き、嫌われ!?」
「………」
「え、マリア?ねぇ、こちらに天使の顔を向けておくれよ。マリア?」
少々うz………コホン。
流石にうっとうしくなってきたため、彼女は少しだけ無視することを決めた。
グラツィア公爵もじいやの嫌われるよ発言に少なからず自覚があったのか、少女に何度も話しかけるが返答が全く返ってこない。
その様子を見て、さらに慌てふためく。
視界の隅で両手を意味もなくさまよわせている現公爵。
顔をそっぽ向いて紅茶を飲んでいる可愛らしい少女。
それを微笑ましく見守る爺や。
——現場はカオスである。
そんな中、急にドアをノックする音が響いた。
「グラツィア公爵、少しお時間を宜しいでしょうか」
一瞬にして…和やかだったはずの空間が氷の世界へ閉ざされたように凍りつき、静まり返る。
開けっ放しの窓から一陣の風が吹き、木の葉がざわと音をたてた。
「…ああ、ちょうどいい。入って構わないよ」
「……」
公爵に許可をもらって部屋へと入ってきたのは、黒い騎士服を纏った二人の青年だった。
身動き一つもしないきれいな立ち姿は、まるで針金がはいった人形かのようだ。
私は息を呑み、呆然と公爵と話している彼らを眺めた。
「―—マリア?聞いているかい?」
「………」
「―マリア!!」
「…は、はい。マリアです!!何でしょうか!?おとうちゃ…ま………」
「………」
「……………っ………」
「くっ…………っ……」
「わ、笑わないでくださいまし!?」
「……すっ、すまないね、マリア」
「も、申し訳ありません、お嬢さ、ま…」
彼らは声に出して笑いそうになるのを口の中を奥歯で噛むようにし懸命にこらえていた。
私は彼らから視線をそらし、耳まで赤い血がのぼるのを感じる。
咄嗟に平静を装ったが、声は自分でも分かるほど上ずっていた。
マリアの幼き顔色も淡紅の朝顔のように赧らんでいることだろう。
公爵は“コホン”とわざと音を立てて咳払いすると、自身の笑いを誤魔化すかのように話し始めた。
「…では本題に。例の案件、夕闇…アルベルトに案内の護衛を任せようと思っていてるんだ」
「……案内」
「え、それホントですか!?ちょ、アルだけずるいぞ。いきなり、お嬢様との時間独り占めかよ!?」
「独り占め……」
「ああ、そうだよ。この話引き受けてくれるかい?アルベルト」
「はい。謹んでお受けいたします」
彼女がフリーズしている間に頭上で話がポンポンとまとまっていく。
どうやら、私を案内してくれるのは黒騎士のうちの一人、アルベルトさんと言うらしい。
物静かそうに見えるのも相まって、そこに立っているだけのはずなのに圧がすごい。
少なくとも普通の人ではない。
……決して、物理的に黒い恰好だからではない、と信じたいところだ。
そしてもう一人の名は……分からない。
分からないけれども、マリアには一つだけ既に分かったことがある。
どことなく漂わせる雰囲気がまさにホストのそれだ……チャラい。
マリアは陽キャが苦手なのである。
二人とも彼女にそんなことを思われているとは、つゆ知らず…少女の方へと話しかける。