散歩③
そう伝えたいが、肝心の口は塞がれている。
私は「もう騒ぎませんから」という意思を込めて、包帯の巻かれた腕をトントンと軽く叩いた。
二人の男は互いの顔を見合わせると、恐る恐るといった様子で手を離す。
「………………」
数秒間の見つめ合い。
それを経て、本当に私が何もしないことが分かったのか、二人はやっと安堵できたようで胸を撫でおろしていた。
「はぁぁぁぁ~、助かった……この子が叫ばなくて良かったぁ。ナイス判断だよ、ジーク……」
「いやいや、俺の方こそ……。ニルスが先に気づいてくれたおかげだろうが……」
「そんなことないよ! 今のだってそうだけど……僕なんて、いつもジークに助けられてばかりだ……とほほ」
「……ニルス、そんなに自分を卑下する必要はないぞ。互いに足りないところを補えてるってことで前向きに考えとけって」
顔色を真っ白くさせたままのジークは、項垂れる『ニルス』と呼ばれた男の肩を、宥めるようにポンと手を置いた。
一気に気が緩んだ空間。
彼らの会話を思わず聞き流してしまったが、私がそれよりも気になったのは――。
(――やけに、彼らの顔色が悪いわよね……)
これは最初にも思ったことだが、先ほどよりもさらに悪化している気がする。
ニルスの肩に置かれたジークの手はガタガタと震えており、ニルス自身も足が小鹿のように膝を震るわせ、今にも倒れそうだ。
それにも関わらず、彼らはあくまで私を優先するらしい。
男――ニルスは私と目線を合わせるためか、片膝をつき、頭を下げる。
「……ふぅ、先ほどは驚かせてしまって申し訳ありません、小さきお嬢さま」
「……いえ、私は大丈夫ですわ。それよりも、あなた方こそ大丈夫ですか?体調が優れないように見えて……」
私はつい口出ししてしまった。だが致し方ない。
なんせ、片膝をついているはずなの彼は、振り子のように身体がゆらゆらと揺れており、見ているこちら方の心臓が悪くなりそうだった。
もはや真面な意識が残っているとは思えないニルスは、焦点が定まっていない目で地面を見つめながら口を動かす。
「ああ、ご心配ありがとうございます。ですが見ての通り、僕もジークもこの程度なら死にはしません。そうだろう、ジーク?」
「ああ、そうだな……。ところでニルス、この近くに綺麗な川とか流れていなかったか?さっきまで見えていた気がするんだが」
「……いや?この辺にはないよ。それに僕は、そんなの見かけていない」
「あれ?おかしいな。……確かに見えたはずのに」
そう言いながら辺りを見渡しているジークの発言を聞き、私は悟った。
(やっぱり、ダメじゃん!!それ、絶対に三途の川ってやつよ!!)
己の顔が引き攣っていくのを自覚しながら、私は思考を巡らせる。
(――うん。大人の人を呼ぼう。というか騎士団の人なら、アルベルトを呼んだ方が手っ取り早いかしらね)
本来、何も言わずその場を離れるのは礼儀を欠いているかもしれないが、これは緊急事態。
人手を呼ぶために、アルベルトの元まで戻ろうと、私はすぐさま足を動かした。
だが、彼女の決意は助けようとした彼らに阻まれた。
逃げ出そうとした私の腕を、パシッとニルスが掴んだのだ。
「……どうしました?どちらへ行くおつもりですか?」
さっと振り返ると、黒く濁ったその目が、まっすぐに私を映しだす。
「もしかして、アルベルト団長の元、ですか?」
私の考えていたことが当てられ、思わず肩が跳ねる。
呟かれた方向に目を向けると、先程まで虚空を見つめていたはずのジークが、じっと私を見つめていた。
その異様な気持ち悪さと、責め立てられているかのような居心地の悪さが、私へと押し寄せる。
何かを発しようにも、私の喉はうまく機能せず、声が出ない。
(なによ、なにが言いたいの、彼らは……)
私の反応を見て、彼らは確信を深めたのか互いに頷き合う。
「……当たりのようだぞ、ニルス」
「……そのようだね、ジーク」
「ならば――」
その言葉を合図に、ぐりんと首を捻って私を凝視し、何かを言い放とうとした瞬間――。
――ガクン、と音を立てて、彼らの頭が地に伏した。
「…………え?」
否。正確には、二人の後頭部を誰かが叩き伏せたのだ。
呆気なく崩れ落ちる二人を余所に、その人物は私の目の前に降り立った。




