相棒
「……はぁ~。お父様からなんとか取り返すことはできたけど、次はどこに隠すべきかしら……。いえ、いっそのこと他の誰かに見つかる前に、この本を早急に処分したほうがいいのかしら」
両手に抱えた本を見つめて、私はもう一度重いため息をつく。
この本こと、諸悪の根源であるこの本は、紛れもなく私自身の手で書いた恋愛物語である。
だがしかし、これは私が一から考え出した創作ものではない。
では、どういうことかというと……
「――これは、前世の相棒が昔に作ったゲームの内容を思い出しながら書いただけで……。私自身が生み出したわけでも、ましてや殿下を思って書いたわけでもないというのに……なのに、こんな、こんなっ!!」
私は顔を真っ赤にして、ベットの上で転がりながら暴れる。
お父様に読まれるなんて、到底思いもしていなかった私からすれば、恥ずかしいことこの上ない。
思い出されるのは、マリアを見つめる生暖かい眼差しを向けていた彼ら。
(あんな、あんな情熱的な愛の台詞の数々は、私が考えたわけではないのよ!! 全部、相棒のセンスなんだから……!!! そうはいっても、お父様方は絶対に誤解なさったわよね……うぅ~)
勢いのまま拳を固め、枕に向かって、思いっきり殴りつけた。
――いつもなら、これで発散できるはずだった。
だが、彼女は忘れていた。
今の自分が、幼い少女であることに。
ポスッ、ポスッと枕からは気の抜けた音しか響かず、虚しいくらい威力がでない。
渾身の一撃が、枕に吸収されていく。
これが前世であれば、抱き枕にヘッドロックをかましていたことであろう。
私はそのまま諦めて、枕元までダイブした。
「……無力。あまりにも、私は無力」
私が何ゆえに、この本を書いてしまったのか。
それは前世の記憶を思い出した――あの日まで遡ることになる。
あの日、前世を思い出し、お父様と約束を取り付けた日。
普段通りに寝て起きて、一日を過ごした。そこまでは良かった。
次の日、記憶を整理しているうちに、ある驚愕すべき事実に気づいた。
前世の親の顔、それどころか名前すら思いだせないことに。
(……あれ?確か昨日までは覚えていたような)
マリアとして生きていくとは宣言したものの、短期間どころかたった一日で薄れてゆく前世の記憶。
そのあまりの早さに、私は焦りと底知れない不安を覚えた。
呑気にしている場合ではない、とまるで見えない誰かに急かされるような気持ちで私は必死に羽ペンを握った。
途中、一分一秒も時間が惜しくなって、「今は、食べる気分ではないの」と用意された食事を断った。
そのとき、給仕のメイドがハッとした顔つきで何かを言おうとしていたので、私はそれを遮って「ちょっとだけ、疲れたから……誰も部屋に入れないでほしいの」と付け加えると、彼女はなぜか涙目になり、絞りだすような声で「……かしこまりました」と深く頭を下げて退出していった。
――絶対に誤解された。己の命が立て続けてに狙われ、心身疲れ果てた令嬢だと。
だが都合が良かったのも事実だったので、あえて訂正することはしなかったが、彼らの過保護さが増したのは当然であろう。
まぁ、とにかく、あの時の私はどうかしていたと思うほど焦っていた。
私が知る限りすべて、書いて、書いて、書きまくった。
そうして出来上がった一冊がこちら――見事、封印すべき本の完成である。
「普段は恋愛ゲームなぞやらないが、初めて相棒が作ったゲームだっていうから、進められるがままにプレイしたはいいものの……私がバットエンドばかり回収するもんだから、『せめてハッピーエンドのときは、とびっきり甘いセリフに差し替えておくね!』って言っていたけど――いやいや、検討するとこ違くない? 努力の方向性、間違っているわよね??」
相棒の鬼畜ぶりを背に、泣く泣くプレイし、無事にハッピーエンドを迎えられた。
その思いを、すべて、この本にぶつけた。
今でもあの時のことを思い出すと、感動で涙が出そうだわ。
一文字一句、覚えてしまうほどゲームを周回したと考えれば、違う意味で泣けてきそうだけど……。
とにかく、私はやりきったのだ。
――それが、まさか実の父に読まれるとは、思いもしなかったけど……。
(……あああああ゛、過去の自分を殴らせてッ、切実に!!!)
後日、グラツィア公爵のもとには侍女から、「お嬢様がお部屋で、獣のような唸り声を上げていっらしゃいます……」という、困惑混じりの報告が届けられたのであった。




