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私の興味



 目まぐるしく脳内を駆け巡った思考の中で、お父様の言葉がもう一度再生された。


 (『マリアは、殿下の婚約者というものに、興味あるのかい?』――全く、ありませんけど!?) 


 知らず知らずのうちに作ってしまった握り拳に力を込め、私は思いのまま声を荒げた。


「なにゆえッ! なにゆえに、その発想になられたのですか!?」


 先ほどよりも一段と強い私の剣幕に、お父様は椅子の背もたれに仰け反りながら、いかにも驚きましたのポーズをとる。

 どう見ても遊ばれているのが分かり、私の頬があっという間に赤く染まった。

 牽制の意も込めて鋭く睨んだが、お父様には全く効果がない。

 それどころか、片手に持っていたティカップに一口つけた後、公爵はゆったりと話を続けた。


「うん、だってねぇ~。どこからどう見ても、マリアの手記は殿下への思いを、のs……」


「……旦那様。それ以上、揶揄うのはよされた方が賢明かと」


 お父様の言葉を遮り、爺やが言葉を被せた。

 本来、執事が主の言葉を遮るのはご法度ではあるが、グラツィア公爵はそれを咎めることもなく、ただおどるけるように肩をすくめてみせた。


 私はその一連の動作を、苦々しい思いで見つめる。


(ああ、助かった……。爺や、ナイスファインプレーよ。ほんと、爺やには頭が上がらなくなってきたわね。――それにしてもお父様!やっぱり私を揶揄っていただけなのね!? まったくもう!!)


 お父様が何を言おうとしていたのかは、見るからに明らかである。

 勘違いかどうかは知らないが、例の黒歴史の元凶でもある手記が関わっているのは間違いなさそうだ。

 

 それにしても、殿下に恋慕を抱いている、ね……。

 かなり見当違いもいいところだ。

 ……ひとまず、息を吐いて落ち着こうと試みたが、次に聞こえてきた爺やの言葉にそうもいってられなくなった。


「恋をするのは自由ですよ、旦那様。そのように嫉妬なさるのは、じいから見ても非常に見苦しゅうございます。現段階でそのような有様ではお嬢様がご成長なされた際、一体どうなさるおつもりですか」


「どうもなにも、邪魔するに一択だろ!!」


「……これはこれは、一波乱がありそうですな」


 爺やはお父様に遠い目を向けていたが、私の視線に気づき、何を思ったのか、こちらへ向き直ってこう告げた。


「お嬢様なら、どのような相手でも落とせますぞ! お相手の生死なぞ分かりませぬ。このじいが協力いたしますゆえ、あの手この手を使ってでも必ずや……!!」


 拳を握りしめて演説する様は、間違いなくお父様と同類の気配がした。

 

 というか、爺やは否定しているどころか、結局私が恋をしてるって前提で話を進めているわよね??

 お父様に至っては、その相手が殿下だと疑っていなくて??

 

 いろいろ言いたいことがあるが、もう一度だけため息をつき、勝手に暴走し続ける彼らを止めるために声を紡ぐ。


「お父様、先ほどの質問ですが……少なくとも、今の私には興味がありませんわ」


 私が静かに告げると、途端に部屋が水を打ったように静まり返った。

 お父様はふざけるのをやめて、腕を組み、首を傾げて真面目な顔つきで問いかける。


「うん?それは、殿下自身のことかい? それとも、婚約者という立場のことかな?」


「両方とも、です!」


「殿下に恋とか……」


「――しておりませんッ!!」


 まだ、それをおっしゃいますの!?

 ここまで断言してもなお、不安そうに唸り声を漏らして考え込んでいる父様。

 

 あの手記のせいにしては、やけに食い下がってくるわね。

 なにをそんなに疑っているのだろうか?

 それとも、殿下の婚約者に収まってほしいのかしら?

 

(……いや、先ほどの様子を見る限り、そちらの線は限りなく薄いはず。だとしたら、なぜ?)


 疑問は尽きないが、誤解をとくために私は言葉を切り出した。


「……今の私と言いましたが訂正いたします。――私が興味を引かれることは、一生かけてありませんわ」


 私がそう宣言すると、父様は一瞬だけ目を丸くした。

 だがすぐにその表情は戻ってしまい、マリアの言葉の真意を探るように聞き返す。

 

「それは……なぜかと聞いても?」


 お父様にも私の言葉の意味が測りかねているのか、いつの間にか真顔になっている。

 思いもよらないところで、少しばかり仕返しができたことを喜びつつ、私は声を大にして言葉を重ねた。


「端的にはしおると――『息苦しい、面倒くさい、私には合わない環境』の三連単だからです!! ……もし、万が一でも私が殿下に恋をしたとしても、彼が殿下という立場であり続ける限り、私が自ら婚約者に名乗りを上げることはありません。そんな面倒ごと、私には真っ平御免です……政略結婚ならともかく、ですけれど」


「………………」


 私の言葉を飲み込んでいるのか、しばらく無言の状態が続く。

 しばし見つめあいの応酬の末、公爵は「……マリアの考えは、よく分かったよ」と、ぽつりと一言だけ零した。


「つまり、マリアは恋をしていない。殿下の婚約者というものにも興味を抱かない……ということでいいんだね?」


「ええ、そうです。その通りですわ」


 (最初から、そう申し上げております。ようやく、その結論に至ってくれましたか……!!)


 まるで大きな成果が達成し、肩の荷が下りたかのように晴れ晴れした気分になった。

 それからお父様は一度目を閉じ、パンッ、と勢いよく手を打ち鳴らした。



「わかった。これにて説教は終わりにしよう……さて、殿下への断りの口上をじっくり考えるとするか」



 (――ええ、是非とも、そうしてくださいな…………え? 断りの口上……??)




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