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黒歴史②


 とりあえず何か言わねば、とマリアは言葉を探したが、口からは「えーと……その、ですね」といった返答にもならない言葉が漏れ出すばかり。

 公爵はそんな娘の狼狽える姿を面白そうに眺めていたが、ついに堪えきれなかったのか音を立てて笑い始めた。


「ふふっ、すまない。そんなに必死にならなくても、冗談だよ……まずは君のことから、ね?」


 わざとらしく笑いを誤魔化し、首を傾げて公爵は問いかけてきた。

 だが、その瞳からは『これは決定事項』だと念を押しているようにもとれる。


(ここまでバレてしまったのなら、いっそ早々に終わらせてしまったほうがいいのかもしれない……もし信じてくれなかったら、とは思うけれど……逃げてばかりでは、いられないわよね)


 腹を括る時が来たのだ。


「――私の、絵空事のような話を、聞いていただけますでしょうか?」


「ああ、勿論だとも」


 間髪入れず返ってきた了承にほっとしつつも、かえって緊張が高まり、早まる鼓動に息を詰まらせた。

 それでも私はなんとか言葉を紡ぐ。

 


「――私、この世界のものではない『前世の記憶』というのが存在するのです!」


「うん、信じるよ」


「決して騙していたつもりではなく、私もつい最近思い出して…………って、えっ!?」


 勢いを増して飛び出た言葉は、中途半端なところで途切れた。

 私は信じられないような気持ちで、父様をまじまじと凝視する。


「……信じるとも。他ならぬ私の娘、マリアがそう言うのだ。親である私が信じなくて、誰が信じるとでもいうのかね。だから、何も心配いらないよ。――さあ、マリア。君の話の続き、聞かせてくれるかい?」


 喉の奥で、息が止まった。

 視界は熱く潤って、目の前にいる父様の姿が、原形を失うほどゆらゆらと歪んでいく。

 零れ落ちる涙を気にする余裕などもなく、だからといってこれを止める方法など存在していなくて。

 

 今の私にできる精一杯を。前世のことを。語り始めた。

 どのくらい伝わったかなんてものは分からない。

 しゃっくりをあげて途切れ途切れ話したことなんて、まともに聞き取れているかすら分からない。

 だけど、私は語ることを止めなかった。


 ――父様の信頼に応えようと、そう思ったから。



$$$


 二時間後

 

(あああああ゛~。やった、やってしまったわぁぁ。いい年した大人が泣くという大失態を犯すなんて……ああ、過去をやりなおしたい。やりなおしさせてくれ……できることなら、本を取られる前に) 


 理性がカムバックした私は、声のない絶叫をクッションに封じ込めるように顔を埋めた。

 それでも、後頭部に二つの視線が突き刺さっているのが分かる。

 お父様と爺やが私を見守るようにして穏やかに微笑んでいるのだ。

 先ほどのこともあってか、よりいっそう表情が柔らかになっているのはご愛敬だろう。


 ひととおり心の中で叫び終わると、ようやく精神が落ち着き、顔をおずおずと上げた。

 それを見計らうように「今度は、こちらから質問してもいいかい?」とお父様に聞かれ、こくんと頷きを返す。

 目も当てられないような有様の顔をしているだろうが、お父様はそこに触れることはなく話を再開した。

 

「――まず、一つ。君は入れ替わったわけではなく、もともとマリアである、ということでいいのかな?」


「……ええ、その通りですわ」


 この返答は私の推測にすぎないが、その認識で間違いないはずだ。

 どきどきしながら次の質問を待つマリア。

 今から、何を深堀りされるのかと思うと身も心も凍る思いだが、実の親に疑われるよりはいいだろう。背に腹は代えられない。


「ならよし。これで前世については聞くことはないよ」


「……ん? ……えっ!?」


(なんですと!?)


「おや、他にも聞いてほしいことがあったのかい?」


「いえ、そういうわけではありませんが……正直に申しますと、もっといろいろ聞かれるのかと思いまして」


「そうかい? 質問か……他にもなにかあっただろうか………」


 ふむふむと考え始めた公爵の姿を見て、私はさらに心中が荒れ始める。

 拍子抜けもいいところだ。

 せっかく用意していた回答も、まっさらな白紙へと変わってしまった。

 

 私が驚きで固まっている間に、何かを思い出したのか「あっ、そういえば」とお父様が発し、言葉を続ける。


「一番、大事な質問が残っていたよ」


 そう言われ、私は思わず背筋を伸ばした。

 心の中では「やっぱり、あるじゃない」とツッコミをいれながら。

 公爵の瞳が私の視線と交じり合い、その瞬間を合図に彼の口から紡がれた。



「――マリアは、殿下の婚約者というものに、興味あるのかい?」


「………………………え?」



 ――私は今日、一度に何度驚けば気が済むのだろうか。



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