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黒歴史


 ――――君が一体だれなのか、教えてくれないかい?



「……えーっと、誰なのかと言われてもマリアですわよ?」


 私は『心底わかりません』という風を装って、小首を傾げた。

 表面上は取り繕っているが、内心汗でだらだらである。

 そんな私の反応を予測していたのか、とくに驚いた様子もない公爵は「うんうん」と頷いて、にこやかに続きを促した。


「そうだね。君が私の愛しい娘、マリアであることは疑いようもない事実だ。でも今回、私が聞きたいのはそうじゃない――今の聡明な君なら、私の意図……理解できるだろう?」


 そのまま子守歌でも歌いだしそうなほど柔らかな口調。

 けれど、暴こうとするその獰猛な眼ざしは隠しもせず、私を真正面から貫いた。

 私の魂の奥底まで探るような、その静かな圧を前に、完璧に張り付けていたはずの微笑は、いよいよ引きつり始める。


 (バレてる。完全に、中身が『別人』だって、ほぼ確信されているわよ、この言い方……)


 今まで見たことがないお父様の姿に心の中で泣きそうになるも、その一方でこの窮地をどう潜り抜けるか模索していた。

 お父様がわざわざ私に質問するほど確信を得ている何かがあるということ。

 その根拠となる何か、内容が分からなければ、私も下手に動くことはできない。

 つまり、不用意な言動は控え、『はい』とも『いいえ』とも、どちらとも取れるような曖昧な回答で時間を稼ぐしかない。


 私は改めて気を引き締め、対面する父の方をまっすぐ向いた。

 (……あれ? お父様なにか手に持ってるわ……あれは、本??)


 いつの間にか公爵が手にしていたのは、一冊の本。

 それはどこかで見覚えのある表紙で――。


 (――待って! 私の『あれ』が、なぜお父様の手元に???)

 

 かの本を片手で開き、公爵は楽しそうにページを捲った。


「君がいつまでしらばっくれる気は知らないけど。……本当に『知らない』というならば、この本の内容を読み上げてもいいというわけだね?」


 彼女に抗議する暇も与えず、朗々とした美声で、その「一節」を読み上げ始めた。


「『彼が私の髪に一つ口づけを落としたのを見届けて、私はそっと目を閉じた。その間も、おでこ、頬、首筋、胸元、指先。絶え間なく口づけられた一つ一つ。そのたびに私の心拍が跳ね上がる。』」


 (ああ……やめて、お父様。それ以上、それ以上は!!!)


「『けれど、彼は私が一番欲しいところにはくれない。「まだか、まだか」と期待する自分を見て、彼が微笑んでいるのが分かった。かさついた大きな手が私の頬を触れ、「ああ、やっと」……』」


「あ、あ、ああああああー--っ!!!やめて、お父様、今すぐにその朗読をやめてぇぇぇぇー---!!!」


 私は力づくで父様の朗読を遮ぎり、興奮の高ぶりを打ち消すかのようにテーブルを叩いた。

 ドン、と響いた鈍い音。 

 その途端。冷水でも被せられたかのように理性が蘇る。

 

 (……あっ、お菓子や紅茶が大変なことに!!)


 慌ててテーブルの上を確認したが、そこにあるはずの菓子やティーカップは、すでに爺やが避難させてくれたようだ。

 私が想定していた大惨事にはならなかった。


 (流石すぎるわ、爺や。文句ひとつもでてこないほど完璧な仕事よ……)


 冷静になった脳は、ひとまず落ち着きを取り戻したものの、この羞恥心を抱かせた元凶――公爵の顔を真っ赤な眼で私は睨む。


「お父様ッ!! それを、どこで。いや、そんなことより、それを返してください!!! これは、没収です!!!!」


 もはや、先ほど考えていた作戦なぞ意味もない。

 私の頭にあるのは、ただ一つ。

 あの黒歴史が公爵の手にあるかぎり、普段通りを装うのは到底不可能だということ。

 

 私はなりふり構わず身を乗り出し、父の手にある忌まわしい手記を奪い取ろうと、必死に手を伸ばした。


「返して。返してください、父様!!」


「うーん。でもマリアは、まだ『知らない』って……」


「分かりました、分かりましたからっ!! きちんとお話します!!! ――なので、お願いですから、それを返してください!!!!」


 すでに次のページを捲ろうとする父様の姿を見て、私は慌てながら懇願する。

 それを聞きいれてくれたのか、あるいは十分楽しんだからなのか。


「……ふむ。話してくれるというならば、これ以上、野暮なことを続ける必要はないね」


 公爵は満足げに、いつもより数倍いい笑顔を浮かべて、その手記を私に差し出した。

 どこで調達したのか、そしてどこまで中身を知っているのかなぞ、もう聞かない。

 あまりに手慣れたページを捲る姿を見てしまえば、もはや問いかける勇気などこれっぽっちも抱かなかった。

 これ以上話せば、さらなる墓穴を掘るだけだと分かりきっている。


 私は手記を受け取ると、彼の目に映り込まないよう胸元にぎゅっと抱きしめた。


 彼女のその小さな反抗ですら楽し気に、それでいてどこか慈しむように眺めている公爵。


「――それじゃあ、話してもらおうか……その手記について」



 ……まず、私自身のことじゃダメですか?? (……なぜ、手記のほう???)




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