拷問もどき②
お父様……さすがに長いです。
怒られることは覚悟していたわ……。
だけど、もうかれこれ三時間ほど経過している。
私の瞳は時間が経つにつれ、影が色濃くなっていく。
今の私を鏡で映せば、きっと今まで以上に感情が抜け落ちていることでしょう。
気分を変えるために視界を一周させた。
彼女の瞳に映り込んだのは、目の前にいる父様と執事である爺やのみである。
いつの間にかこの部屋へ入室していた爺やは、まるで最初からその場にいたかのように自然さで、紅茶を注ぎなおしている。
父様はそのことに一言も触れないせいで、自分の目を疑ってしまうけれど……爺や、いますよね?
この爺やは偽物で、その実、幽霊だったりとかしませんよね? 信じていますからね?
……ひとまず、謎の爺やについては置いておくとして。
私は真正面に座っている公爵の顔を、じっと見つめた。
あのとき、送り出した時の引き締まった公爵の顔はどこに行ったのやら。
今や私の報告に一喜一憂しており、『説教』と銘打ったティーパーティが開催されている。
ああ、ほらほら。爺やが手際よく何を並べていたのかと思えば、とうとうタルトやクッキーまで出てきたわ。
みるみるテーブルの上が、彼の手によって彩られていく。
やめてくださいな。一応説教という体ならば、お菓子なんて誘惑なもの見せないでください!!
思わず手を伸ばしたくなっちゃうでしょ!!!
い・ま・は、食べてはいけないものなの。
心の中でそうは思いつつも、やはり私の視線は正直であった。
結局、魅惑の菓子達から目を離すことができず、お父様から「マリア? 食べてもいいんだよ?」と優しく声をかけられるまで釘付けになってしまう。
そんなマリアの様子を見て父様は、何かに納得したかのように小さく頷いた。
(……よく分からないけど、嫌な予感がする)
そして、その予感は的中した。
お父様は均等に並べられたクッキーの一つを手に取って、流れるような動作でそのまま私の口元へと近づける。
「――はい、あーん」
「――っ」
にこやかに父から差し出されたのは、綺麗な桃色に染まったクッキー。
それは私が一等好んでいる味だった。
『食べたい』
その思考が、私の脳内の大半を占める。
だがしかし、だがしかしだ。
それを食べるには、お父様の手ずからいただくことと同義であり、それを実行するともれなく恥ずかしめを受けることになるのだ。
(どうする、どうするの。マリア・グラツィア)
すでに羞恥心が頭が回らなくなった私に、上手い逃げ道など思いつくはずもなく。
こちらをじっと見つめてくるお父様の瞳は、なぜか期待に満ちあふれていて――。
――もう、どうにでもなれー!!
私は差し出されたクッキーに、思い切って噛り付いた。
サクッと音を立てたクッキーは、次第に口の中で崩れていく。
いちご特有の甘みがめいっぱい広がる同時に、私の心は幸福感で満たされていった。
「美味しいかい? マリア」
「……美味しいですよ」
この状況はとてつもなく不服だ。だが、お菓子に罪はない。
素直な感想を告げると、お父様はさらに目じりを下げ、もう一枚を私の口元に差し出す。
察しのついた私は、今度こそ躊躇うことなく、そのクッキーに嚙じりついた。
(……ほろ苦いながらも控えめな甘やかさ。これは、ココア味かしらね)
先ほどとはまた別感覚の美味しさが、私の口の中を彩っていく。
あまりに見事な出来栄えに「シェフを呼んで!」と一度でも言ってみたい言葉が脳裏をよぎる。
そうしている間も、もぐもぐと口を動かしては。
また一枚、一枚と差し出され、次々とお腹のなかへと消えていく。
「……マリアの言う通り、シェフを呼んでこようか?」
「――っ!? げほっ、ごほっ……!!」
「い、いま、なんと、おっしゃって……っ!?」
私は口に含んでいたクッキーを本気で喉に詰まらせそうになった。
その様子を見て公爵は慌てふためき、傍にいた爺やに指示を飛ばしながら私の背中をさする。
「マリア、大丈夫かい! 爺や、水だ、水を早く持ってきてくれ! そして医者、医者も呼んできてくれ!!」
……お父様。水は、目の前で爺やが、もう差し出しておりますわ。
あと、医者はいりません。
私は受け取ったグラスを一口煽り、一気に喉へと流し込んだ。
あの一件のせいなのか、喉に詰まっただけでこの対応である。
過保護に輪をかけて、甲斐甲斐しく世話をされることになると思うと……これから先が思いやられるわね。
「……とりあえず、爺や。お父様にもお水をお渡ししてちょうだいな。お父様も、当の本人より慌てないでちょうだい」
そう伝えて、私はもう一度だけ喉を潤した。
「――お父様」
呼びかけた声は思ったより小さいものであったが、父様はその言葉を逃さず拾い上げ、すぐに「なんだい、マリア」と聞き返してきた。
その声は一見、何の違和感も感じないが、私には分かる。
「……お父様。もしかして、まだ私にお尋ねになりたいことが残っていませんか?」
何かが変だ、父様の様子が。
いつもの風を装ってはいるが、先ほどから私を呼びかけては意味深な沈黙がはいり、質問を重ねることほど数回。
あきらかに気付いてほしいと言わんばかりの行動である。
そんな変な違和感をあえてつついてみたが……ちょっと早計だったかもしれない。
私が尋ねた瞬間――。
彼の瞳から、先ほどまでの甘い熱が引いていき、あっという間に公爵の仮面が作り上げられた。
完成された空気は、私の意識を掴んで離さない。
公爵の顔、口にあたる部位がゆっくりと動き出す。
「――――意を決して聞くけれど……君が一体だれなのか教えてくれないかい?」




