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拷問もどき



 あらかた片付けられた公爵の書斎。

 その机の上には、ぞんざいに置かれた書類なる紙の束が散らばっている。

 時計の針は、とうに正午を過ぎていた。

 

 部屋の中にいるのは、ふわふわのクッションに顔をうずめ、広いソファの上でポツンと少女が座っている。

 どうも、マリアです。

 今日の私は、ローテンションでございます。

 昨晩の疲れなのか、目が覚めた時にはすでに昼になっておりまして。


 ――さて、そんな私が今書斎にいるかと言われればお父様に呼び出されたからなのです。

 

 もう皆様のお分かりの通り、説教案件ですね、これ……。

 薄々察してはいたので心の準備は整っておりましたが……お父様、呼び出した当の本人が急ぎの用事ができて不在とは、これいかに。

 筋肉痛であちこちが痛くなった身体を引きずってまで、ここまで歩いてきたというのに……。

 自業自得のこととはいえ、変に時間を先延ばしにされたせいで、かえって悶々としております。


 今か今かと待ちくたびれてはいるけれど、多分そんなに時間は経っていない。

 せめて本でもあれば時間くらい潰せそうなものだが、あいにく筋肉痛が私の行動を阻んでいる。

 動きたくない。もう動きたくないのよ。

 だからお父様、早く帰ってきて、さっさと私を説教してちょうだい!


 普段は静寂など、嫌いどころかむしろ大歓迎なのだが、この時ばかりは嫌な思考にいくまえに何か行動していたかった。

 少しばかり冷めてしまった紅茶を片手に、耳を澄ます。

  

 扉の向こう側の音が、だんだんはっきりと聞こえてくる。

 がちゃり、と荒々しい音を立てて入ってきたのは私が予想していた通りの人物であった。


 ――さて、なにからお話ししようかしら?


 心の片隅に、どうか説教時間が短くなりますように……などという到底叶わなそうな願いを抱きながら、私は父様の目を見つめた。



 お父様が一歩、また一歩と私のほうに近づいてくる。

 私の心拍もそれに呼応するように速くなっていく。

 

 そしてお父様は私の隣に座り、そっと私を抱きしめた。

 ふわりと漂ったのは、父様が普段からつけている落ち着く香り。


 てっきり今から説教が始まると思い込んでいた私は、困惑で頭がいっぱいになった。


 ――え? お父様、一体どうしたのかしら??

 

 ちらりと目線だけ動かしたが、彼は一言も喋らない。

 それも当然怖い。怖いが、この静寂を壊すほうがもっと怖いのだ。

 私もお父様も動かない。まさに膠着状態。


 普段であれば、そのままにしていても良かったが、私にはそれができない理由が一つだけあった。

 

 ――父が密着した、その瞬間である。

 

 あちこちで悲鳴を上げていた筋肉痛の痛みがさらに増し、そこに完成したのはちょっとした拷問もどきであった。


(――いたい。痛いです、お父様。私、少しばかり……いえ、かなりの筋肉痛を背負っておりますの!! だから、どうか今すぐにこの愛ある抱擁をやめてくださいまし!!!)

 

 そんな願いは空しく、愛ある抱擁は、少しづつ、少しずつ、その力が強まっていく。

 これなら長引く説教の方が圧倒的にマシだわ。

 痛みに顔をしかめて、私はたまらず身を捩った。

 

 ……そろそろ限界。

 そう自己判断し、拒絶に等しい注意を投げかけようと口を開こうとした。

 だが、私の声を遮断するように父様の唇から、ぽつりと声が漏れる。


「――っつ、無事で、よかった……ほんとうに、よかった」



 ……聞いてしまったが、最後。

 私はお父様を引き離すことができなくなってしまった。


 元々こうなってしまった原因は私にある。

 己の犯した罪に改めて突きつけられたせいか、重苦しい罪悪感がどっさりと圧し掛かった。

 せめて思考だけはこの場から逃そうと、私は視線を窓の向こう側に逸らす。


 (――きっと、くる~。きっと、くる~。明日も筋肉痛がきっと来る~)


 物理的な愛の痛みなぞ、気にしていない。

 それでいて説教がいっこうに始まらないことなんて、気にしていない。

 この地獄が一体いつまで続くのかしらなんて、これっぽっちも気にしてないんだから!!


 そんなことを考えていれば、わずかに密着していた身体が離れ、頭上から声が降ってきた。


「――マリア。昨晩の件だが……」


 お父様の腕の力が、一段とこもる。

 それはマリアが待ち望んでいた、言葉の合図であった。



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