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天然


 どこかで見覚えのある既視感を抱きながら、私は再度傷のことを問い詰めにかかった。

 だが、アルベルトのポツリと零した意図せぬ一言によって、その場にいた全員の意識が吸い寄せられた。

 

「攫われた、か……」


 それはルカの言葉を反復しただけの、ただ現状確認しているだけに過ぎない、そんな誰に問いかけるわけでもない言葉だった。

 

 彼の一言にクラウスは、ただでさえ綺麗に揃えられた背筋をピンと張らし、アルベルトの顔色を窺うようにちらちらと覗いては逸らす。

 それらの落ち着きのない動作を何度も繰り返しはじめた。

 その間、クラウスは弁明することなく無言を貫いており、アルベルトが話しだすまで重苦しい時間がしばらく続いた。 


「――なるほど。そのことは、後に詳しく話せ……ほかに、報告すべきことは?」


 アルベルトの問いかけに、クラウスは一瞬、鳩が豆鉄砲食らったような顔で絶句した。

 その直後、彼は己の頭を壊れそうなほど横に振り、怒涛の勢いでまくしたて始めた。


「…………は? ――いやいや、団長!?お嬢のこと、見えていますよね!? 目の前にいらっしゃいますよね!?」


「…………。ああ、当然見える」


 「それが何か?」とでも言いたげな眼差しを向けるアルベルト。

 その姿を見た私は、すべてを察した。

 そして、クラウスには心の底から同情した。


(何回も思っていたことだけれど、もしかしたら、アルベルトって――)


 そこまで考えて、クラウスの方をみやった。

 彼は唇をわなわなと震わせ、瞳には涙をにじませ、必死にアルベルトへ訴えかける。


「いや、俺の頭を疑うような目で見ないでくださいよ! けっして、俺が可笑しいわけじゃありませんからね!! 団長、よく考えてみてください。こんな、敵の手にお嬢様がいる状況で、呑気に報告確認している場合じゃあないでしょう!!!」


「だが、彼から敵意も、殺す意思も感じられない」

 

 あまりの剣幕だったせいか、アルベルトはわずかに眉を顰め、宥めるように言葉を重ねる。


「…………クラウス、まずは落ち着け」


「おれは、落ち着いてます!!」


 間髪入れず、クラウスの泣き出しそうな声があたりに響き渡った。

 

 その一連のやり取りを眺めていた私は、アルベルトの手腕にひたすら感心していた。

 ……ルカ(てき)の目の前で、腹蔵なく、きっぱりと言い切りましたわね、この団長。

 すごい。すごすぎますわ、アルベルト。

 あのクラウス相手に、それをさらっとやってのけるなんて……すごく、尊敬いたしますわ!!

 

 ……あ、でもでも、憧れはしませんわよ? 怖すぎて私には、できっこないですもの。


 それにしても、ここまでくると、必死に叫んでいるクラウスの言葉がまるで相手にされていないかのようで、ちょっと可哀そうになってくるわね。

 正論を言っているのは確実にクラウスの方なのに、なぜだがアルベルトの方を応援したくなっちゃうわ。

 

(…………はっ!! もしやこれが『可哀そうで可愛い』というやつ、なのかしら?)


 外側だけ五歳児のお嬢様が、変な扉を開けそうになっているとはいざ知らず。

 クラウスの悲鳴じみた叫びがほとばしった。


「なに言ってんっすか!? 殺意とかがないからといって、放置してもいい理由にはならないダメでしょうーが!! 第一、その意思だって、いつ心変わりするかなんて分かったもんじゃない!!! ……ですよ」


 クラウスが叫び終わると、アルベルトはルカへと視線を移し、簡潔に問いかけた。


「……クラウスの言い分はこうらしいが――どうなんだ?」


 その問いかけは、少しの嘘を許さない、静かで苛烈な圧がのしかかっていた。

 彼の圧から本能的に逃れるように、私はルカの首をぎゅっと抱きしめる。

 そのすべてを受け止めたルカは、もう声に震えがまじってはいなかった。


「……そちらの騎士さんのいうとおり、俺自身は敵対する気はない」


「ほら、コイツもそういって…………はっ??」


 クラウスは言葉を続けようとしたが、今の台詞が実質的に団長に同意することに気づき、彼は盛大に顔をひきつらせた。

 そんな部下の心知らずと言わんばかりに、アルベルトは一つの提案を口にする。


「――暗殺者の少年。お嬢様を無傷でこちらに引き渡せ。……身は拘束させてもらうが、その代わり手荒いことはしないと約束しよう。……それなら文句はないな、クラウス?」


 そう言い切ったアルベルトの顔は、無表情なのに心なしかドヤ顔しているように見えた。 

 その周りには、いろいろとツッコミたいであろうクラウスは身体中の至る所が震えており、ルカは彼らの会話に口は挟むことこそなけれど戸惑っている気配がだだ漏れ出ている。

  

 そんな周囲の困惑を完全に置き去りにして、その混沌を生み出した張本人は、剣呑な目でルカを射抜いた。


「……この条件、呑めるか?」


 突きつけられた言葉を合図にするかのように、それまで騒いでいたクラウスも、ルカも口を閉じた。

 それまで漂っていた微妙な空気は霧散した。

 入れ替わるようにやってきたのは、何度か体験したことがある殺気のひりつきだ。

 

 ルカのおかげで、一番やばそうなノアム(やつ)から逃れられて、すっかり安心していたのだけれど。


(――そういえば、彼らからの視点だと、私が人質みたいな立ち位置になるわね?)



 …………あれ、そうすると今の状況って、もしやもしや、とてもまずかったりしますでしょうか??




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