ピュアな心②
うん、まあね。よく考えなくとも、普通に考えればそうだよね。
私だって、突然の友達宣言に対し、疑問があった。
いくら仲良くなったとしても彼の性格上、少し考えればそれは有り得ないことだと分かったはずだ。
それに気づかなかったのは私自身のせいであり、ついつい浮かれて気持ちだけが先走ってしまった。
あと今までの、疲労の蓄積が思考を動かなくしていたのであろう。
だからこれは仕方ないこと……これはちょっとした衝突事故と同じなのだから。
……それでも、ほんのちょっとだけ残念だなぁ〜とは思うけれど。
先程までの自分を思い返しては、いたたまれない気持ちで溢れていく。
知らず知らずうちに、深い溜め息が己の口から出ていった。
私に感化されたのか、彼は視線を落とし、せきを切ったかのように、そうしなければいけなかった事情を話し始めた。
「……知り合いとか、仲間とかの言葉で取り繕うのは駄目だったんだ。――あいつ、ノアムは『友達』という言葉に異常な執着があるみたいでよ。――いつも、変な化け物を『友達』と称して連れあるっているんだ」
吐息を交えて紡ぐルカの説明。
私は今までのノアムの様子を思い返す。
彼の言う『化けもの』というのは、先ほど見たあの怪物のことだろうか。
徐々に思い出しているうちに、地獄絵図の中で嬉しそうにはしゃいでいたノアムの様子も蘇ってしまう。
あのときの何とも言えない恐怖を染みつけてしまった身体が、再び小刻みに震えだす。
そのことに気づきながらも、私は強引に意識を変えた。
そういえば、ルカが私のことを友達だと宣言した時、ノアムは目の色を変えて喜びはじめたわよね。
(うーん? 他にもそのような要素があったかしら?)
なんせ、黒で塗りたくったような顔は表情も分かりにくかったのだ。
これ以上考えても意味がないことを悟り、私は早々に切り上げる。
そしてルカに気になっていたことの一つ、牢獄からはどうやって脱出したのか、と問うた。
一瞬、彼は思案気にしながらも、数秒の迷いを感じさせないほど淡々と答えていった。
「――つっても、たいした話はないぞ? お嬢さん。まぁ、それでも聞きたいっていうなら話すが……。あんたが出て行ったあと、俺は眠らされていたんだが唐突にぱちっと意識が醒めて、周りを見れば炎であちこちが燃えていたんだよ。どうにも何度も爆発していた一つが、たまたま俺の背にあった壁を破壊してくれたらしい。――でも俺は、逃げ出すつもりも逃げる理由もなかったから、そのまま炎を眺めることにしたんだ。――しばらくの間、訪れる死を大人しく待っていたんだが、そうしているうちにふと、あんたの顔が浮かんでさ。……なんか唐突に逃げ出したくなったわけ」
「そして、ひとまず人気がないところを目途にしていたら、アイツを見かけて、声を掛けられて。よくよく見てみると、何故かさっき別れを告げたはずの令嬢が運ばれていて……話を聞けばあんたの護衛もいないようだったから。とりあえずお嬢さんをアイツの手から離そうと思って、ノアムの執着めいた言葉を利用したんだが……いかんせん、後先考えず行動しちまって……あれは完全に悪手だったなぁ」
そう言い切ると彼の口は、苦々しく固く一本線に結ばれた。
(今回はいいけど、今後に被害がいく可能性が高い、とルカは言いたいのね)
なんとなく言いたいことを察した私は、それでもルカが謝る必要がないと感じ、それを伝えようとしたが、そこから声が出ない。
慌てて私は何度も試めし、餌を待つ金魚のように口をぱくぱくしていたが、やはり声が出ることはなかった。
(――え、なんで? さっきまでは声がでていたはずなのに)
混乱したマリアはいったん近くにいたルカの服を引っ張って、己の咽喉をトントンと軽く叩いた。
彼女の異常事態を察し、彼は首をかしげながら声をかける。
「――お嬢さん、どうした? ……咽喉?……もしかして、声がでないのか?」
彼の言葉に大きく頷いて、肯定を示した。
ルカは驚きながらも、「ちょっと失礼するな」と言って、私の咽喉に手を当てる。
痛いほど優しく触れられたその手からは、微々たる温かさではあったがとても人間味を感じられた。
少しすると、首から熱がはずれて、ゆらりと気配が遠ざかる。
「……なるほど。どうやら俺の魔法じゃあ、アイツの魔法を完全には解除できなかったらしい。牢屋にいた障害がでてるな――すまないな、お嬢さん。後でほかの人に解除してもらってくれ。……不便があるとは思うが、不調な俺よりも他の人の方が安全に解除できるはずだ」
顔色を暗くしながら告げるルカは、さらに声の質も落ちていく。
だが当の本人はというと、彼女はそこまで落ち込んでいなかった。
(まぁ、治らない病気とかではないなら大丈夫でしょ!! 声が出ないことで、支障はあるかもしれないけど、なんとかなるわよ)
だから気にしなくていいよ、と伝えたい。
伝えたいところだが、今は無理だわ……あれ?さっそく支障でてるかも?
まぁ、いいわ。どうせ聞こえないのなら、声の練習用に『ひっひっふー』とでも言ってみようかしら?
また変な思考にいき始めたマリアだが、彼の発した声が歯止めをかけた。
「……とりあえず、どうするか」
それは気まずくなったから、ひとまず何か口にしてみた、そんな一言だった。
再び、深い沈黙があたりに広がっていく。
ほどなくして彼の放った鋭い一言が、空気を一変させた。
「―――まて、お嬢さん。ちょっと俺の後ろに隠れておけ――誰か、こちらに来る」
警戒しているルカの視線は、暗闇の奥を睨みつけていた。
草を踏みしめる僅かな音が、一度、二度。
月明かりがない茂みの向こうに、何者かの影が写りこんだ。




