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魔導書

 


 訝しげに見つめていたら、彼も私の視線に気づき、そしてふわりと屈託なく目を細めて、無邪気に顔を輝かせた。

 

 ……うん。こんなに可愛らしい子を疑ってしまうなんて。

 私は何故そんなにも過敏になっているのかしら。

 魔法という便利な力がある世界なのだし、傷の一つや二つ、魔法で消えていても不思議じゃないっていうのに。


 どこか小動物を彷彿とさせるようなエリックの笑顔に癒されていると、彼の視線は私からアルベルトへ移った。

 途端、彼は目を大きく見開いて、そのふちにみるみると涙が溜まっていく。

 ……そういえば、すぐ近くに冷山があったわね。


 私はちらりと隣を一瞥すると、そこからは未だに凄まじい殺気が打ち放たれているアルベルトがいた。

 クラウスも然り、ガルムも然りだが。

 騎士団の面々は、上に行けばいくほど怪物染みた御仁ばかりなのかしら。

 

 苦笑するマリアではあったが、けれど実際に、もしもあんな風に指一本触れず敵を制圧できるだとしたら。

 それはカッコいいこと、この上ない。

 ゲームでは体験できない、リアルだからこそできる極上の技だ。

 

 ……私もその方法を教わりたい。

 指南を仰げば、果たして彼らは教えてくださるかしらね?

 自らもその領域に足を踏み入れようとしている時点で、マリアもまた、彼らと同じ怪物の類であった。

 

 後のマリアから真剣な表情で「威圧の放ち方を教えてください」と詰め寄られ、彼女に振り回されることになる未来を、この時の彼らは夢想だにしない。


 だがしかし、そんな未来の受難など知るはずもなく、今この瞬間のエリックは小刻みに震えながら、アルベルトの顔色を窺って上目遣いで進言する。


「だ、団長。また、考え事ですか?……さ、殺気が、漏れ、ていますよ……」


「……ぁあ、すまない。無意識だったようだ。……感謝する」


「いえ、僕の方はだいぶ慣れて来たので……大丈夫です、はい」


「……本当に大丈夫か?」


 エリックの視線はあちこちに泳いでいているが、それでも大丈夫ですと答える彼。

 その返答に対し、アルベルトは一先ず納得したようで、その深紅の瞳が今度は私の方をしっかりと捉えた。


「お見苦しいところを、お見せして申し訳ありません」


「そんなことないですよ。むしろ仲の良さが伝わってきて、私としては微笑ましいくらいです」


「……恐縮です」


 表情こそ一切変わらなかったけれど、今の彼はどこか照れているような、そんな気配がした。

 その後ろではエリックが誇らしげに笑っており、つられて私も嬉しくなる。


 アルベルトはもう一度エリックを見やって何かを告げると、私に向かって一礼し、部屋を出ていった。


 さてと、エリックと会うのは二度目ましてだけれど、実質的には「初めまして」なのよね。

 

 エリックと目が合ったので、互いにちゃちゃっと自己紹介を済ませ、対話のフェーズへと移ったが、想像以上に会話が弾み、私はすっかり夢中になってしまっていた。

 

 エリックが語る騎士団の様子は和気あいあいとしており、他にも彼の家族のことや、街のハンターの話題など、私の興味を惹く内容ばかりだった。


 そうこうしているうちに時間は過ぎていったが、ふと部屋に置いてあった一冊の本が目に留まった。

 物語などではなく、『ザ・魔法書ですよ』と言わんばかりの物々しい表紙。

 

 ついつい手に取って眺めていると、エリックがひょいと覗き込んできた。

 仲良くなったからだろうか。彼が物怖じせずに接してくれるのは、私としては嬉しい変化であった。


「……これはグリモワール、ですね」


 『グリモワール』――それは魔導書のことであり、基本的には高度な術式や召喚方法が記されている禁書に近しい存在だ。

 世界の深淵に触れるものという認識も相まって、滅多にお目にかかることができない貴重な品である。

 

 これがグリモワールなのか。

 当然ながら、我が公爵家も所持している可能性は高いのだが、私自身が実物を目にするのはこれが初めてだ。

 

 感慨深い思いに浸りながら、本をじっと観察する。

 本棚の隅に置かれていたので、埃を被っていそうなものだったが、案外綺麗な状態であった。

 

 ページをパラパラと捲ってみたものの、そこに記されているのは理解の及ばない難解な記述ばかり。

 読み解くことができれば面白そうではあるが、今の私にはまだ知識が足りないようだ。

 帰ったら、屋敷にある本を色々と読み直してみようかしら。

 

 そう思いながら指を滑らせていたが、ふと、あるページで私の手が止まった。

 

 他のページとは違い、そこには文字も魔法陣も記されていない。――絵だった。

 

 それは、一つの塔を囲むようにして、周囲が激しい業火に焼かれている図。

 そして塔の中、魔法陣の中心部には、禍々しい悪魔のような姿が描かれていた。


 なんじゃこれ。

 私には理解できなかった。

 まるで一種の物語を聞いているときのような感覚だ。

 現実味のない。まさにゲームの中ではあれば、あり得そうな展開だった。

 

「でもなんか、引っかかるのよね」


「何がですか?」


 私の呟き声にエリックがすぐさま反応した。

 独り言のつもりだったけれど、そりゃこれだけ近くにいれば聞こえてしまうわよね。

 せっかくならば、彼に聞いてもらった方が頭の整理もつくだろうと思い、正直に話すことにした。


「それがね。この光景、どこかで見たことがある気がするのよ」


(もしかしたら、ゲーム内の光景かもしれないけど……)


「ふむふむ。塔に、炎に、悪魔、ですか……悪魔以外なら、今の状況と酷似していますね」


「そうですよね、さすがに分かりまs…………えっ? 今、何と、おっしゃって?」


「え? ですから酷使していますよ。炎は爆発、塔は近くにあるあの建物。ほらっ、揃っているでしょう?」


 得意げに披露しているのは可愛いけど、話している内容は決して可愛くない。

 それが事実ならば、私たちは相当不味い状況である。

 ……そうか、この本が埃を被っていなかったのは、つい最近まで襲撃犯がここに潜んでいたのかもしれないわ。

 点と点がつながり、一つの恐ろしい仮説が浮かび上がってくる。


 何としてもこのことを彼らに伝えなくては。


「エリック。頼みがあr……『駄目ですよ』」


 私の言葉は無情にも遮られる。

 彼の声は先ほどよりも冷たさが増し、アルベルトに似た重圧も漂わせていた。

 

 あの、もしかして皆様方、揃いも揃って私のことを猛獣か何かだと思っていますか?

 殺気でも込めなければ、猛獣(わたくし)を止めることはできないとでも、思いなのですか?

 逆に言えば殺気ごときで止められると、そう思いなのですか?


 ……ふふふ。けれど残念。

 残念ながら私は普通の令嬢よりも、ほんの少しだけ強いの。

 何しろ先ほど貴方よりも厄介な連中の圧を浴びてきたばかりだからね。

 

――今こそ、その成果を見せる時だわ。

 

 私は、にっこりと微笑みを浮かべた。


「頼み、聞いてくれますか」



 それは決して、頼み事をする側の態度ではなかった。



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