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提案②

 


 レッツ、演技開始(アクトレス・タイム)!!


 私は仕上げとばかりに、ぷいっと顔を背けた。

そして


「――いや」


 と、一言だけ唇を震わせた。

 その声は小さく、それでいて彼らには無視できないほど、明瞭に響く。

 その上、唇を尖らせ、いかにも拗ねているのが分かるよう、顔を変形させた。

 

 標的の彼はというと、瞬きを一切せず、まるで静止画のように、全身が固まっていた。

 何の反応も返ってこない。

 

 その隙を、空白の時間を突くように、私は再び声を張り上げる。


「それは、いや!!!」


 私が叫んだ瞬間、耳を塞がれたかのように静かになった。

 

 この静寂。この表情。

 これこそ私が思い描いていた『理想的な反応』である。

 私はにんまりと緩みそうになる頬を、強引に引き締めた。

 

 期待値を軽々と飛び越えた、会心の出来栄え。

 込み上げる感動と衝動に、私は思わず自分自身に拍手を送りたくなった。

 だが、私は掌を強く握りしめ、拳の中に高ぶる熱を閉じ込める。


 バレるわけにはいかない。

 ここでバレてしまえば全てが水の泡。

 喜びを抑えるのよ、マリア。よく考えて。

 

 少しでも彼らに露呈することになれば、地獄を見るのは私。

 私になるのよマリア、我慢しなさい。


 この熱が冷めきるには、しばらく時間がかかりそうであった。

 

 私が最初に立てた作戦はいたって単純、動転に(じょう)じて一気に畳みかける、ただそれだけ。

 この手段は対人戦で常に役立ち、私も随分と重宝してきたものだ。

 

 本人はこれを『戦略』と呼ぶだろうが、傍目から見れば、マリアはただの脳筋であった。

 

 そんな彼女の脳筋的思考回路は、かなり明快である。

 私が出した結論は、単純な二択ではなく、消去法で選ばせるという効率的な方法だった。


 片方を選べば、即座にその理由を追及されるだろう。

 そんな未来なぞ、想像するだけで恐ろしい。

 とくにクラウス。彼だけは、絶対に誤魔化しが利かない。

 

 なので、筋の通った正当な理由を用意しなければ、彼らを納得させることなど不可能に近い。

 

 かといって、まともな理由を述べてしまえば、確実に五歳児という枠組みから遥かに逸脱してしまう。……実に悩みどころである。


 その疑問をまるっと解決し、数々の作戦を熟考した結果(ほとんど考えていない)、編み出したのがこの作戦。


 その名も―――駄々こね(デット・コンフリクト)

 

 略して、デトコン。

 この戦術は、万能型にして子供限定の優れものである。今後もぜひ活用していきたい。


 ……皆様はご存知かもしれないが、この作戦は本来、あの子に使うはずだった秘策の一つだ。

 それをまさか、こんな形でお披露目することになるとは。

 

 そして全国の五歳児の皆さま、大変お詫び申し上げます。

 ですが、私にはこれしか、これしか方法が思いつかなかったのです!

 

 ……結局のところ『クラウスの提案が嫌だ』と、そのことさえ彼らに伝われば、自然とこちらの勝利は確定する。

 論理を捨てた子供に、大人の道理など通用しないのだから。

 ……だから、どうか今だけはお許しください。


 (……さて、懺悔はここまでにしましょう)

 

 私はすん、と鼻を鳴らし、再び五歳児の仮面を深く被り直す。

 狙うは急所の一撃。敵は陥落寸前。

 さあ、デトコンの威力、子供の理不尽さを、存分に味わうがいいわ!


 私は最終宣告(トドメ)を刺すべく、大きく、目一杯に息を吸い込んだ。


「いやよ、いやですわ! だって、これ以上クラウスが怪我をするなんて、わたくし、そんなの絶対にいや!! 絶対に認めませんわ!!!」


「お、お嬢……」

 

(反論の隙は与えないわよ、クラウス。さぁ、覚悟なさって)

 

 たじろぐ彼の言葉を遮るようにして、私はさらに声を張り上げた。


「クラウスが、わたくしのために傷つくのが一番嫌なんですの! わたくしのことが大切だと言うのなら……わたくしを悲しませるようなことは、なさらないで!」

 

 静寂が再び舞い戻った。

 荒くなった自分の呼吸音だけが、耳元でやけに大きく聞こえてくる。


 私は不安を装いながら、彼の顔をそーっと覗き込んだ。

 

 視界に入ったのは、魂が抜けたかのように虚脱しているクラウスの姿だ。


 ――完全勝利SS。


 脳内にそんなテロップと、華やかなファンファーレが流れてくる。

(……あら、どうしましょう)

 

 『デトコン』の威力が、考案者の想像以上に強かったようだわ。

 これぞ完璧なる勝利(リザルト)


 ……って、浸っている場合じゃないわね。

 もしかして、これ、やりすぎたかしら?

 この沈黙は、狙い通りというより……もはや空恐ろしいわ。

 

 肌に触れる彼の体温が、急に冷たくなったようにさえ感じられて――。

 

 ――え?本当に、大丈夫よね?


「……あ、あのクラウス? ガルム?」

 

 返事がないことに焦った私は、すがるように彼らの名前を呼んだ。

 お願いだから、何か返事をしてちょうだい。

 このままじゃ、私のほうが泣きたくなってくるわ。


 そんな私の、おずおずとした呼びかけに、ようやくクラウスがぽつりと言葉を零した。


「お嬢」


「は、はい! なんでしょう」


 まるでお説教でも始まるかのような心地になって、私は逃げられない腕の中で、ぎゅっと身を縮めた。


「お嬢……マリアお嬢様。別に怒るつもりはありませんよ?」


 そう言っておいて、私を油断させる作戦なのでしょう?もうクラウスの策略なんて、よーく分かっているんだから。

 私は、頑なに顔を上げなかった。


「……まいったな。そんなに怯えられては、流石の俺も――」


 そこで一度言葉が途切れ、私はついに好奇心に勝てず、クラウスの顔を覗き見た。


 視線がぶつかった瞬間、私は息を呑んだ。

 

 そこにいたのは、私の知る、あの軽薄で冷静な騎士の姿ではなく――今にも泣き出しそうなほど、困り果てた一人の男の顔だった。


 耳元に落ちてきたのは、いつもより響きが濁った、肌の産毛が逆立つような艶めかしい吐息。


「――流石の俺も、少し傷つきます」



 …………あ、あれ?



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