提案
「――それで、結局どうするんだ?」
遠くで上がる爆炎を背に、気絶した男を担ぐガルムの問いが低く響いた。
二人のぶつかり合った視線からは、火花が飛び散っていく。
その静寂は、互いの覚悟や決意を確認するために必要な時間だった。
短い時間。だが、それはあまりにも長く感じられた。
先に視線を外し、重苦しいため息をついたのはクラウスの方だった。
喉を押しつぶしたかのような低い声が、震えながら空気を伝っていく。
「……引く気は、ないようですね」
私を抱くクラウスの腕から、悲鳴のような硬革の軋みが漏れる。
ガルムが、青蓮華のように切れの鋭い眼をクラウスに向けた。
「それはお前さんもだろう?」
互いの冷気と睨み合いが混じり合い、圧迫された空間。
その余波をまともに受けきるには、五歳児という器はあまりにも幼い。
私には、彼らを止める術など存在しない。
だから今は、人形のように口を噤み、事の行く末を見守るしかなかった。
彼らの言い分を整理すると、こうなる。
自分の命を賭してでも私を無事に逃がすことが最優先なクラウスと、もう一方はその命をここで無駄にする必要はないと食い下がるガルム。
互いが自分以外の誰かを守ろうとして、一歩も譲らぬ無言の攻防を繰り広げているのだ。
……けれど、いい加減にしてほしい。
二人とも私がここにいることを忘れていないかしら。
お互いの殺気、その板挟みにあっているのは、他ならぬこの私であることを、まさかお忘れではないわよね?
正直、爆炎の轟音より、頭上でバンバン飛び交う殺気の集合体の方が、よっぽど五月蠅いのよ。
それにクラウスよ。先ほど貴方が言った通り、もう時間がないのではなくて?
とうとう痺れを切らし、マリアがクラウスの袖を強く引いた、その瞬間。
また一つ、大きな崩落音が響いた。
もはや一刻の猶予もないことは明らか。
張り詰めた空気の中、今度はガルムが先に視線を外した。
「……そうだな。これ以上、互いに譲らないのであれば……」
ガルムは一度言葉を切ると、観念したように肩の力を抜く。
そして目線をクラウスよりも下、つまり私へと向けながら言った。
「ここはお嬢ちゃんに決めてもらう、というのでどうだ?」
ガルムの提案に、クラウスはまさに『目から鱗が落ちた』と言わんばかりの呆然とした顔をしていた。
「マリアお嬢様に……? いえ、ですが、それはあまりにも……」
そう言いかけて、クラウスは口を噤んだ。
守るべき対象である幼い少女に決断を仰ぐなど、あまりに無責任ではないか。
騎士としての矜持と、人としての理性が彼の言葉を押しとどめていた。
それとは対照的に、ガルムは『これ以上の名案はねぇだろ』とでも言いたげな、不敵な笑みを浮かべて私を覗き込んできた。
「なぁ。マリア嬢ちゃんは、どの提案がいいと思うかい?」
(ええ? そりゃあ断然、ガルムの提案の方がいいに決まっているでしょ)
私は困惑したふりをして見せながら、内心では即決していた。
だが、それをすぐに口にすることはできなかった。
理由はただ一つ。
――だって、五歳児らしくないじゃない。(※かなり今更である)
いい年した男たちが話し合う作戦の内容を、完璧に理解している五歳児なんて、どう考えてもおかしいのだから。
だからといって、彼らの質問を無視するわけにはいかないのだ。
私が必死に言い訳を考えて黙り込んでいると、二人は顔を見合わせた。
どうやら、自分たちの質問が彼女を悩ませているのだとでも思ったのだろう。
ガルムとクラウスは、慌てた様子で私を宥めようとしてきた。
「おい、ガルム。お嬢に何てこと聞いてるんだ! ……大丈夫ですよ、お嬢様。今のは聞かなかったことにしていいものですよ」
「いやぁ……すまん、すまん。お嬢ちゃんに変なことを聞いてしまったな」
クラウスが叱責すると、ガルムは頭をさすりながら申し訳なさそうに謝った。
そんな二人の様子を見て、私はなおさら焦燥感に駆られ始める。
(……うん、どうしよう。このままだと話がうやむやになって、流れてしまう。どうにか私の考えを伝えたいけど、どうやって……?)
私は、はやる気持ちを悟られないよう、必死で『五歳児らしい答え』を脳内で検索し始めた。
五歳児って、そもそも何をしていた時期だろうか。
突拍子もない発想や、拙い自分の主張。
年上相手に意見を聞いてもらうための可愛げや、それが通ったときに見せる仕草――。
――よし、これしかない! まずは作戦其の一を実行!!!
……というか、これ以外に手はないんだけど。まぁ、当たって砕けろ、よね!!
「ねぇ。クラウスの言う作戦って、クラウス自身が無茶しちゃうものなの?」
私はわざとらしく首を傾げ、クラウスの目を覗き込みながら、無垢なふりをして問いかけた。
彼は私の言葉にびくりと一瞬身を震わせたが、すぐに持ち直して曖昧に答えた。
「え……。あー、……まぁ、そうなりますかね」
クラウスは困ったように眉を下げ、言葉を濁しながらも、結局それを肯定した。
その答えを聞いた私は、あえて何も言わず、しばらくの間じーっと彼を見つめ続けた。
彼は居心地悪そうに目を泳がせている。
さて、シュミレーションは完璧。ここからは追い込み漁のお時間よ。
――――レッツ、演技開始!!




