マリアの反撃②
ガルムは私の言葉を聞き終えると同時に、噴き出すように笑いながらクラウスの背を盛大に叩いた。
「はははッ!!! 最高だ、マリアお嬢ちゃん!!! 聞いたか、クラウス。こりゃ、お前さんの負けだ!! お嬢ちゃん、なんなら、この堅物にもっと言ってやってくれ。いつも、こうなんだよこいつは」
「おやおや、それは……とてもいいことを聞いてしまったわね?」
私は口角を一段と深く吊り上げ、逃げ場を失った騎士をじろりと見据えた。
クラウスは気まずそうに視線を彷徨わせていたが、彼からの反論がない。
語るに落ちるとは、まさにこのことだ。ガルムの言葉が、何よりの証拠だった。
(誤魔化されないうちに、しっかりと約束を取り付けておかなくちゃ!)
「――というわけで、クラウス。後でちゃんと医師に診てもらうと、今ここで約束してくださるかしら?」
「…………っ」
私の言葉に、クラウスは言葉を失ったように口を噤んだ。
言い訳は封じられ、さらに『お父様への泣き落とし』という回避不能の追撃。騎士として、これ以上の失態は許されない。
もはや逃げ道などないと悟ったのだろう。
やがて絞り出すような声でうなだれた。
「…………分かりました。分かりましたから、後ろでニヤニヤするのはやめてもらえませんか、ガルム」
苦虫を噛み潰したような顔で降参する騎士に、私は心の中で小さく勝利のポーズを決めた。
あのクラウスを相手に、初めて口喧嘩で勝利をもぎ取ったのだ。
私の心は、今までにない清々しい気分で満たされていた。
だが、負けを認めたはずの騎士は、一度は苦々しく口を噤んだものの――。
「ですが、俺が運んだ方がいいことには、変わりはありませんよ」
彼は、なおもそう言って食い下がる。
「えっ!? ……そ、れは、何故ですの?」
まさかそんなところで粘られるとは思わず、私の口からは思わず素っ頓狂な声が漏れた。
(えっ、治療のことじゃなくて、私を運ぶ担当の話!? )
困惑が思考を駆け巡る。彼にとって私を運ぶメリットなんて一つもないはずだ。
寧ろ、私の方にこそメリットがある。
ガルムの揺れが酷すぎるのか、それともクラウスが異常に安定しているだけなのかは知らない。
けれど、クラウスの、あの揺れ一つない安定感を知ってしまったでは――「どちらかを選べ」と問われれば、答えは一択だ。
マリア的には嬉しいが、クラウスの傷を思うのなら即座に断念できるのだ。
だが、当の本人がそれを拒む。
(……でも、そこまで言うなら、何かちゃんとした『理由』がきちんとあるはずよね)
揺れる視界の中で、私はクラウスの次なる言い分を待つことにした。
「理由は簡単。怪我をしている俺よりも、ガルムの方が動けるってのは、まあ事実でしょう」
「ですがね、お嬢。もし敵と鉢合わせになり戦闘にでもなれば、ガルムが『戦わない』という選択肢を選べるか、そして貴女を揺らさないよう配慮できるかと言われれば――答えは『否』ですよ」
クラウスは一息にそう言い切ると、溜まっていた息をゆっくりと吐き出した。
その表情には一点の曇りもない。
ガルムならば確実にそうするであろうと、微塵の疑いも抱いていない答えであった。
……私は、ガルムの事をよく知らない。よく知らないが、クラウスの言葉には否定できない説得力があった。
ガルムと会った時、『戦闘』という言葉を聞いて瞳に興奮を宿らせた、あの姿。
それが今、あまりにも鮮明に思い出されてしまったから。
だからこそ、確信できてしまうのだ。
(……そうね。あの人はきっと、私を担いだまま、喜々として敵の渦中へ飛び込みにいくわ)
私も深くため息をつき、観念したようにクラウスを見やった。
「……分かりましたわ。引き続き、貴方に任せます。……その代わり、後で絶対に医師に診てもらうのですからね?」
念を押すように告げれば、クラウスは満足そうに、そしてこれ以上なく恭しく首を垂れた。
「――お嬢様の仰せのままに」
クラウスの承諾が取れたことに、ひとまず安堵する。
けれど同時に、クラウスがそこまで断言するガルムの『戦闘狂』な性質に、私は改めて強い疑念を抱かずにはいられなかった。
私は、ガルムの横顔をじっと見つめる。
その奥に潜む本性は、一体どれほど苛烈なものなのだろう。戦場という狂気に触れた時、どこまで手が付けられない状態になるのか。
私は知らない。まだ知らないだけなのだ。
「お嬢、行きますよ?」
クラウスの呼ぶ声に、私ははっとして現実世界に引き戻された。
無駄のない、あまりに手慣れた手つきで私を抱え上げる彼に対し、私の中からもはや恥じらいなんて消え失せていた。
再び身体が宙に浮き、風を受けながら、私は静かに絶望する。
だが、どこか懐かしさの漂うその腕には、私の心を落ち着かせる、確かな安心感が備わっている。
(……結局、こうなるのね。何となく、分かっていましたわ)
私はそっと目を閉じ、不本意ながらも心地よいその温もりに、身を委ねることにした。
安堵からか、あるいは心地よい揺れのせいか。
いつしか意識は遠のき、私は深い眠りへと落ちてしまった。
規則正しい寝息を立て始めたお嬢様を、クラウスは壊れ物を扱うような手つきで、より深くその腕に抱き直す。
――そんな二人の様子を横目で見ながら、ガルムが低く、試すような声を投げかけた。
「おい、クラウス。……お前、理由はそれだけじゃねえだろ?」




