表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/52

マリアの反撃②

 


 ガルムは私の言葉を聞き終えると同時に、噴き出すように笑いながらクラウスの背を盛大に叩いた。


「はははッ!!! 最高だ、マリアお嬢ちゃん!!! 聞いたか、クラウス。こりゃ、お前さんの負けだ!! お嬢ちゃん、なんなら、この堅物にもっと言ってやってくれ。いつも、こうなんだよこいつは」


「おやおや、それは……とてもいいことを聞いてしまったわね?」


 私は口角を一段と深く吊り上げ、逃げ場を失った騎士をじろりと見据えた。


 クラウスは気まずそうに視線を彷徨わせていたが、彼からの反論がない。

 語るに落ちるとは、まさにこのことだ。ガルムの言葉が、何よりの証拠だった。


(誤魔化されないうちに、しっかりと約束を取り付けておかなくちゃ!)


「――というわけで、クラウス。後でちゃんと医師に診てもらうと、今ここで約束してくださるかしら?」


「…………っ」


 私の言葉に、クラウスは言葉を失ったように口を噤んだ。

 言い訳は封じられ、さらに『お父様への泣き落とし』という回避不能の追撃。騎士として、これ以上の失態は許されない。


 もはや逃げ道などないと悟ったのだろう。

 やがて絞り出すような声でうなだれた。


「…………分かりました。分かりましたから、後ろでニヤニヤするのはやめてもらえませんか、ガルム」


 苦虫を噛み潰したような顔で降参する騎士に、私は心の中で小さく勝利のポーズを決めた。

 あのクラウスを相手に、初めて口喧嘩で勝利をもぎ取ったのだ。

 私の心は、今までにない清々しい気分で満たされていた。


 だが、負けを認めたはずの騎士は、一度は苦々しく口を噤んだものの――。



「ですが、俺が運んだ方がいいことには、変わりはありませんよ」


 彼は、なおもそう言って食い下がる。


「えっ!? ……そ、れは、何故ですの?」


 まさかそんなところで粘られるとは思わず、私の口からは思わず素っ頓狂な声が漏れた。


(えっ、治療のことじゃなくて、私を運ぶ担当の話!? )

 

 困惑が思考を駆け巡る。彼にとって私を運ぶメリットなんて一つもないはずだ。

 寧ろ、私の方にこそメリットがある。

 

 ガルムの揺れが酷すぎるのか、それともクラウスが異常に安定しているだけなのかは知らない。

 けれど、クラウスの、あの揺れ一つない安定感を知ってしまったでは――「どちらかを選べ」と問われれば、答えは一択だ。

 マリア的には嬉しいが、クラウスの傷を思うのなら即座に断念できるのだ。


 だが、当の本人がそれを拒む。


 (……でも、そこまで言うなら、何かちゃんとした『理由』がきちんとあるはずよね)


 揺れる視界の中で、私はクラウスの次なる言い分を待つことにした。


「理由は簡単。怪我をしている俺よりも、ガルムの方が動けるってのは、まあ事実でしょう」


「ですがね、お嬢。もし敵と鉢合わせになり戦闘にでもなれば、ガルムが『戦わない』という選択肢を選べるか、そして貴女を揺らさないよう配慮できるかと言われれば――答えは『否』ですよ」


 クラウスは一息にそう言い切ると、溜まっていた息をゆっくりと吐き出した。

 その表情には一点の曇りもない。

 ガルムならば確実にそうするであろうと、微塵の疑いも抱いていない答えであった。


 ……私は、ガルムの事をよく知らない。よく知らないが、クラウスの言葉には否定できない説得力があった。

 ガルムと会った時、『戦闘』という言葉を聞いて瞳に興奮を宿らせた、あの姿。

 それが今、あまりにも鮮明に思い出されてしまったから。

 だからこそ、確信できてしまうのだ。


(……そうね。あの人はきっと、私を担いだまま、喜々として敵の渦中へ飛び込みにいくわ)


 私も深くため息をつき、観念したようにクラウスを見やった。


「……分かりましたわ。引き続き、貴方に任せます。……()()()()()、後で絶対に医師に診てもらうのですからね?」


 念を押すように告げれば、クラウスは満足そうに、そしてこれ以上なく恭しく首を垂れた。


「――お嬢様の仰せのままに」


 クラウスの承諾が取れたことに、ひとまず安堵する。

 けれど同時に、クラウスがそこまで断言するガルムの『戦闘狂』な性質に、私は改めて強い疑念を抱かずにはいられなかった。

 

 私は、ガルムの横顔をじっと見つめる。

 その奥に潜む本性は、一体どれほど苛烈なものなのだろう。戦場という狂気に触れた時、どこまで手が付けられない状態になるのか。

 私は知らない。()()知らないだけなのだ。


「お嬢、行きますよ?」


 クラウスの呼ぶ声に、私ははっとして現実世界に引き戻された。

 無駄のない、あまりに手慣れた手つきで私を抱え上げる彼に対し、私の中からもはや恥じらいなんて消え失せていた。

 

 再び身体が宙に浮き、風を受けながら、私は静かに絶望する。

 だが、どこか懐かしさの漂うその腕には、私の心を落ち着かせる、確かな安心感が備わっている。


(……結局、こうなるのね。何となく、分かっていましたわ)

 

 私はそっと目を閉じ、不本意ながらも心地よいその温もりに、身を委ねることにした。

 

 安堵からか、あるいは心地よい揺れのせいか。

 いつしか意識は遠のき、私は深い眠りへと落ちてしまった。

 

 規則正しい寝息を立て始めたお嬢様を、クラウスは壊れ物を扱うような手つきで、より深くその腕に抱き直す。



 ――そんな二人の様子を横目で見ながら、ガルムが低く、試すような声を投げかけた。



「おい、クラウス。……お前、理由はそれだけじゃねえだろ?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ