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不運な誕生日会②


——子供?どうして子供が?


いきなり黒い服を纏った子供が窓から割って侵入したため声をかけた。


だが、それには答えず侵入者は無言で何かを私に投げつける。

マリアは咄嗟にその場を避け横をチラリとみるとダガーが壁に突き刺さっており、ちょっと窪みができていた。

今まで有り得なかった事態に彼女の頭が混乱しはじめ、音にならない呼吸が私の中から生まれる。

人間が本当に驚いた時、声すら出なくなるなんて少なくともこんな時に証明されてほしくなかった。


静寂の中で一瞬、侵入者の方から服の擦れる音がした。

たったそれだけで意識が現実に戻り、マリアはもう一度顔を上げ侵入者を睨みつける。


侵入者は私の方に向かってもう片方の手でかざし何かを口走ったが、私自身に変化はなかった。

相手の雰囲気的に成功したわけではなさそうだ。

どちらにしても何が起きたのか全く分からなかったので、全然油断できない状況なことだけが確かだ。

侵入者は首をかしげて立ち止まったが…すぐにまたロボットのように動きを再開する。


「…………っ…はっ!?」


「………」


「ちょっ、何するの!?」


——危ない!?今、絶対に首を真っ先にねらってきたわよね!?


私の問に答えることはなく、ただ只管に私の命を狙ってくることも変わりない。

足や手も震えてはいたが、声だけは何故か震えてはいなかった。

恐怖心もあるが理不尽に殺そうとしてくるそれ故に怒りの方が強いのかもしれない……。

マリアの爪の先から身体中すべて、怒りで全身が熱くなっていた。

それがもはや怒りによって突き動かされた行動なのか体調不良によって熱が上がってしまったのか、はたまたどちらも正解なのかすら分からない。


避けて、攻撃して戦って…。そんな器用な真似、マリアにはできない。

彼女はナイフで攻撃してくる侵入者に対抗して近くにあった物で何とかガードし続けていた。


落ち着いてよくよく観察してみると、侵入者は迷いのない捨て身の攻撃の仕方をしていた。

私を殺す程度他愛もないと思っているのか、それとも相手を殺せるのであれば自身を傷つけるのも厭わない…そう本気で思っているのか…。

相手の考えが読めない、ただ一つ分かるのが私を絶対に殺すと言う意志だけ。


そう考えている間にも避けて、よけて、ガードして、また避ける、を繰り返していた。

大体の相手はその繰りかえしを行うと、苛ついてきたりその動作に飽きてくる仕草があったりしていたのだが、侵入者にそんな様子は見受けられない。

少しくらい反応あってもいいのに焦る様子も怒る様子もない。

若干、人間らしくない言動に不気味さを感じる。


どのパターンを考えても、相手に隙が無く勝てるビジョンが見当たらない。

それでも思考だけは止めてはいけない。

例え考える時間や脳が足りていなくとも、とめてはいけない。やめてはいけない。


侵入者はマリアよりも背が低く子供の姿だが、病み上がりで体力も回復していないマリアには圧倒的に不利だ。


だが、一つだけなら、たった一つだけならば勝機がある。

………耳を澄ますと屋敷内がドタバタと音がしている。

そのことから侵入者も捕まるのは時間の問題だろう。

もうすぐで、応援が来てくれる。

ほんの僅かな希望が見えた。

それだけでマリアは身体中が力で満ちた気がした。


どちらも王手をかける一歩手前まで迫ってきている。

時間制限ありの命がけの大勝負。

ソイツが捕まるのか先か、それとも………私がソイツに殺されるのか先か…。


冷静に考えたさきに小さき脳が浮かんでくる疑問。



——本当に勝てるのか?



——私はただの公爵令嬢、それに対して相手は手練れの暗殺者…



—―暗殺者ならば今までたくさん殺してきたであろう。狙われた人達は確実に殺されている。それは、この子が私の目の前にいることで証明されている。…と、なれば、わたくしも?ここで



――ころされる?



ここを乗り越えれば大丈夫。

もうすぐで…。

そう頭では分かっているはずなのに急に私の身体中の骨ががちがち鳴っているみたいに震えだした。

冷静に考えたからこそ、余計なことまで浮かんでしまう。

徐々に彼女の目じりには水滴がたまりはじめる。


——こわい。うごけないよ。た、すけて


考えれば考えるほど怖くなり思わず手に力を込めてしまう。


彼女は俯いた。



視線を床に向けると、自身の手で強く握ったせいか服にシワができている。

慌てて手を離し自身の服を見ると、可愛らしいレースはボロボロ、リボンも解けて原形が分からなくなるほど…私の服は。


そういえば、むやみやたらに動きまわったせいか、着ていたネグリジェもぐちゃぐちゃだ。


——今はそんなことを言っている場合ではないと分かってはいるけど…これ、かなりのお気に入りだったのに…。


相手も私が抵抗しないことに気付いたのか一瞬、立ち止まりゆらりとナイフを構えなおして、私に向かってもう一度切りつける。

私はその一撃によって急所に当たる。




「……これで、終わりだ」



言葉と同時につき刺さったナイフを彼女の身体から抜く。

赤い血は自身の中から絵の具かのようにぼたぼたと流れてゆく。


映画のワンシーンであればどれほどよかったのだろうか。


赤く染まった衣装は彼女自身に手によって着飾れた。

激しい攻防によって部屋(ぶたいかいじょう)は粗方壊れてしまった。

…もしかすると壊れた会場こそが彼らの舞台なのかもしれない。

だが、その物語は決してハッピーエンドでは終わらない。

少なくともマリアにとっては。

役者たちの幕が下りる。


彼女自身が幻術に囚われたかのようにその一連の様子を呆然と眺める。

やっと血の痛みによって現実だと知らせてくれるが既に時遅いのか、身体は声を出すことも足に力が入らなくなり、私の瞼はゆっくりと閉じていく。

最後に見えたのは、彼の去り行く姿だけだった。


公爵や騎士さんたちが到着したころには、部屋の真ん中に足元にある赤い水たまりがこれでもかというぐらいに絨毯の上で主張していたのであった。






—————————そんな未来なんて真っ平ごめんですわ!!!!




マリアはあの役者のようには舞台の上で踊りきるつもりはなかった。

誰が好き好んで痛い思いまでして、赤い衣装にならなければいけないのか。

他人が描いたレールなぞ、わざわざそんなところを踏みあるくつもりなんて一切ない。


(マリア)”と言う名の役者は、我が道を行くスタイルなのだ。


ナイフをギリギリ直感で致命傷は避けた。

だが、その攻撃を綺麗に避けきることができず少し頬が掠る。

微妙に頬が痛くなり、ふつふつと感情が湧き出てくる。

この感情をこの怒りを何処かにぶつけなければ私の気が済まない。


「………っ…」


「………」


「………さ、すがに…まだ殺されるわけにはいかない、そしてネグリジェの仇!!!後悔なさい!!!」


「!?」


相手がナイフで切りつけた同時にマリアの足払いが入る。

怒りでくりだした攻撃は思った以上よりも効果は抜群だったようで何より何より。

自身の口角が上がっていくのを感じる。

上手く引っかかってくれたが…この後どうするか…。

にこりとした笑顔で彼女は微笑む。


その顔は後に父親そっくりで怖いと、言われる日がくるとはこのときは全く想像していなかったマリア。

そんな自身の未来を知りもしない彼女は……


(うん、気絶させるしかないな!!大人しく捕まってくれるわけないもんね)


天使といわれた顔をして、とりあえず物理で解決しようとしていた。

正直、その先を考えいなかった彼女。

だが思い切りだけは良い方だと自負している。

そうと決まれば実行に移す準備をはじめた。


殺されそうになった恐怖はどこにいったのやら、さっさと行動に移すことができることを鑑みると、彼女の再熱した怒りはまだ収まってはいないことが分かった。

これではどちらが侵入者なのか分かったものではない。

何も知らない一般市民が見ると、間違いなくマリアの方に疑いが向いてしまう事だけが確実だろう。


膝を構えて、息を少し吸って、一直線に。


——ネグリジェ!!!!さっさとこれで気絶していてくれ!!


その結果、鈍い音を立ててそいつは崩れ落ちた。



マリアは見事、暗殺者と思われる(子供サイズ)を伸すことができてしまったのだ。

その途端、冷水をかけられたかのように意識が元に戻る。


「……えっ?………は?私がやっ、たのか?………」


私の身体が思ったよりもスムーズに動き、子供は急所にあたったのか気絶してしまったようだ。


「……うっ、うえ、気持ち悪ぃ…」


頭の中でノイズ交じりの誰かの声がした。

マリアは、さらに頭痛が酷くなった脳を必死に動かしながら耐え忍ぶ。

割れたガラスの破片のような記憶が、頭の中でバラバラになりながら再生される。

マリアとして過ごした過去の思い出ではない。

この懐かしい記憶の数々。



——なんでっ、なんで、こんな危なかったタイミングで思い出しちゃうのかな!?


——私の前世!?


というか、情報量えげつなくて気持ち悪い…なに、これ…

突如、入ってきた大量の情報は私の頭では受け付けられなくなり、眩暈やら頭痛が一気に増えた。

周りを取り巻く空気がまるでうねりを持っているかのように重い。

何処に逃げようが、苦しさからは逃れることのできない重圧を感じさせる。

地面が揺れている。

景色が歪んでいる。

次第に立っているのですら覚束なくなり、マリアはその場で崩れ落ちるように倒れてしまった。



——病人はきちんと安静にしていなくちゃ、ダメだろ?——



そんな声と共に私の意識はフェードアウトしていくのであった。



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