ヘンテコな集団④
マリアは瞼をぱちぱちと繰り返しているうちに、景色をはっきり見ることに成功した。
だがしかし必死に瞼を開け閉めしていたせいか、若干瞼付近が痛くなっていた。
また数秒間目を閉じて少し待ってはみたが、それでも痛みは治らない。
これ以上、治療法を思いつかない私は早々に治すことを諦めた。
「うぅ~。こんなとき、回復魔法があればすごーく便利なんだけどな………まぁ、知らないことに対して文句を言っても仕方がないか」
魔法云々は今度時間があるときに絶対調べてみることにして、現在の私が取れる選択肢は、たった二つだ。
ここでクラウスを待っているか(つまり現状待機)か、無理してでも行動するか、のどちらかだ。
マリアの脳内では『ザ・合理的重視』である理性の私と、『楽しければ何でもいいや』の本能の私が攻めぎ合っていた。
脳内でゴングが聞こえそうになる雰囲気を醸し出し、それらは唐突に始まった。
最初に発言したのは理性の方だった。
『…身体のことを一番に案じるならば、目を休ませてここで待機しているのが最善策よ』
透き通るような声色で落ち着き払った態度を見せた理性とは対照的に、明らかに不服そうな顔をしながら
本能は己の意見を主張した。
『いーや、私は理性の意見に大反対だね!!そんな面白みのない提案は却下する!!!』
勢いづけた言葉のせいか、言葉を発すると同時に机を強く叩いた。
そんな本能の様子に怯むことなく、理性は淡々と質問を投げ返す。
『あら?そうなの?…それなら、逆に本脳の意見を聞かせてくださいな。それと、先程の私の意見、どこが不満なのかもついでに教えてほしいわね』
『そんなの全部に決まっているだろ!、と言いたいところだけど…生憎と私は、君の意見を否定できるほどの持論を持ち合わせてはいないよ。ましてや、君相手に完全論破できる自信なんて更々ないね」
先程の勢いに任せた発言とは違い、冷静になりつつある本能の姿に、少々驚きながらも話を進めるために続きを促した。
『…なるほど?…とどのつまり、貴方は何が言いたいのかしら?』
『……私はね、己の心に従った方が今を大切にできる選択を見つけることができると思うんだよ。…人間なんてさ、いつ死ぬかなんて人間だから、そんなこと分からないじゃん?だったら、やってみたいと強く望んだときくらい一つ二つ叶えておいたって別に悪いことではないだろうさ』
本能が発した言葉に対し、理性はしばし言葉を奪われる。
『寧ろやってみたいと、思ったときこそが挑戦するべきチャンスを得ることができるんだよ。挑戦するために行動してそれを叶える。いたってシンプルのように聞こえるけど、案外難しいことだ。人間は年齢も老いていくにつれ、それらはさらに困難を極めていく。だったら若いうちから、と考えるのも人間の心理だろう』
相手に息をつかせないように話したせいか、息切れてしまいそうだった。
それでも彼女を納得させるための最後の言葉を言い放った。
『それに、きみだって気づいているだろう?本体はすでにどうしようか決まっているってことに』
『…………そうね。その通りだわ…』
付け加えた本能の言葉に後押しされ、ついに理性の彼女は納得の意を示した。
そうして会議は終わる。
のかと思いきや、己の耳を疑うような言葉が唐突に聞こえてきた。
『あと、こっちのほうが断然に面白そうだもの!!』
『……………………………は?』
続けざまに発した本能の言葉によって、彼女の吊り上がった目は丸くなり言葉を失わせた。
『だってだって考えてみてよ。今、私達の前に面白いことや楽しいことが沢山詰めこまれている理想の世界が存在しているんだよ。それなのに君はいつだって無難な提案ばかりだ。…せっかく、異世界に来たというのに思いっきり楽しまないなんて損しかない!!勿論、人生の最中悲しいことも辛いこともそりゃあるだろうよ…でも、それ以上に好奇心が上回っているのも事実!!!だから、私は名一杯この世界で楽しむつもりなんだよ。ああ、楽しみだな~。候補は色々あれど、まず何から始めようかな?剣に、魔法に、ルンタッタ………』
『…………待つのです、マリア!!やはり、いま一度考え直すべきですよ……本能に任せきってはダメ……って、私の話ちゃんと聞いてます?」
考えた時間、僅か三秒。
先ほど、本能と理性が言っていた通り、彼女はすでに決めていた。
圧倒的な興味の方がすでに勝っていたのだ。
理性の忠告なぞ、なんのその。
慌ててマリアは、目的の人物たちを探し出すために小さな両足で走って、音がする方へ自然と目を傾ける。
そして、
——はあ、はぁ、はぁ。……あ、あれだ。見つけたわ!!
「…クラウスがほんとに、ほんとに素手で戦ってる!!!」
己が待ち望んでいた素手バージョンの戦闘を目にし、思わず浮かれた声が咽喉から出ていきそうだが、ぐっとこらえて心の中で歓喜する。
色々と自制しようと心がけてはいるものの、”あれは凄い、これは参考になる、ああっ惜しい”と、ついつい口から洩れてしまう。
なるべく我慢はしているので、そこには目を瞑って欲しい。
しばらくの間、黄色い声を上げながら観戦していると、またちりりと瞼が痛みばしりはじめた。
自身の目は未だに痛みを訴えかけてきている。
彼女は一瞬休憩しようかどうか、頭をよぎったが、やっぱり見たい欲の方へあっさりと流れてしまう。
余りにも本能に忠実すぎるマリアの姿に、肩をがっくりと落とす理性の彼女があった。
既に限界突破しているマリアがここまで行動できたのは、ほとんど執念じみた感情が突き動かしてくれたおかげだった。
(五歳の子供の活力を舐めるな!!と、言いたいところだが、普通に考えて今まで体を動かしていなかったマリアのインドアっぷりの方を舐めないでほしいわ!!!)
つまるところ、体力が無い自慢である。
謎にいきり始めた現在の私のヒットポイント、真っ赤っかゲージであった。
(だがしかし、絶対に見届けてやるんだ…私の欲望のために)
彼女はそう心の中で決意し、彼らの戦いをじっくり見ることに専念しているうちに、彼女はあることに気づいた。
(…ん?あれ。…もしかして、今クラウスと対峙しているのってヒヒヒ爺さんなの?)
そうマリアは気づいてなかったのだ。
彼が相手しているのは、あのヒヒヒ爺さんだったことに。
マリアは気づいていない。
常識外れのヒヒヒ爺さんが相手だとクラウスの調子が狂ってしまうことに。
マリアは気づかない。
結果的に彼女は、稀に見ることができない戦いを見ることができてしまうことに。
生憎と先程まで興奮状態だった彼女には、彼らの声が何となくしか聞こえていなかった。
それが今やはっきりと聞こえてくる。
正常に戻った彼女の耳がきちんと機能し始めたのだ。
最初に聞こえてきたのはヒヒヒ爺さんののんびりとした声であった。
「ふむ、敗因は当初の予定が狂いすぎたことか…あまりに使えん、あまりに使えない分身たちじゃ。迷惑だけワシに沢山かけて、終わったらあっと言う間におさらばしよって。恩知らず共め…」
「………いや、そもそもオリジナルの癖が凄すぎて、いつも分身たちのほうが振り回されていましたよね。この調子を見る限り…可哀想なのはどちらかと言えば分身の方なんじゃ」
「なんていうことじゃ、このままワシが負ける?あり得ない、あり得ないことが起きておる」
「…………………………話聞いてないな、これ」
会話にもなっていない緩い言葉達は緊張感を感じさせないように聞こえているが、二人とも言葉と動作が全く一致していなかった。
眼はギラギラとさせ、口角をあげて、無理やり笑顔をはりつけ続ける。
どちらも一歩間違えば致命傷になりえるくらいの攻撃力の高さを誇っていた。
ヒヒヒ爺さんの魔法は無詠唱なのか、出てくる魔法の数も凄まじい。
種類も豊富のようで、炎、雷、風、光、など魔力が尽きることなく発動していく。
あの身なりで闇魔法の方が使いそうなものだが、一切使ってはいないように見えた。
対するクラウスは素手なのでヒヒヒ爺さんに至近距離までいってから攻撃しなくてはいけないせいか、彼は攻めあぐねていた。
といっても、地面をなぐったり(勿論素手で)、岩を盾にしたり(片手で岩投げもあったり?)して応戦できてしまってはいるので、彼自身はあまり問題視していないように感じた。
だがしかし、このままでは時間が経つにつれ、ヒヒヒ爺さんの方が優位になってしまうことは確実であった。
何故かと言えば、クラウスの方が圧倒的に疲労の負担率が高いからだ。
では、それらから脱却するにはどうしたら、とふと彼女は考えて、すぐに思考を停止した。
(いや、騎士なのだから剣で戦えばいいじゃない!?なんで私、今の今まで疑問に思わなかったの!?)
余りにもしっくりしているから…、なんて言い訳は後にしておくとして
(そういえばクラウスの剣は何処にいってしまったのかしら?)




