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ヘンテコな集団③


「ヒヒヒ爺さんが、いない」


「ほう。お嬢さんは随分と目がいいようだね?」


私がぽつりと独り言を呟くと、自身の後ろからあの独特な声が聞こえてきた。

愉快でマイペースなヒヒヒ爺さんの声が。

彼女は瞬時に自身の状況がまずいことを理解してすぐに後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。


てっきりヒヒヒ爺さんが後ろにいると思いこんでいたので、マリアは少し呆然としてしまう。


それこそ、敵の思惑通りだと知らずに。


「……は!?…お嬢!!危ない!!!」


クラウスの焦った声で我に返り、慌てて声のする方に目を向けると、


「…っつ………!?」


謎の光によっていきなり目の前が、私の両目を塞いできた。

針のように突き刺さった光は私を痛めつけてくる。


「…うっ、いたいよ……一体何が起こって…」


数秒経ったが真っ白になった視界は未だに収まる気配がなくて、いま何が起きているのかもさっぱり分からなかった。

付近にクラウスの声も聞こえてこない、ということは少なくとも彼は私の近くにいない。

つまるところ、かなり不味い状態である。


ただでさえ視界が見えないからかなり不安なのにも関わらず、安心できる人すらも近くにいないとなると……。

考えれば考えるほど、私の心は底なし沼へと落ちていく。


”ああ、このままではいけない”と凝り固まった思考を頭で振り払いながら、意識の半分を空っぽにするように意識し切り替えていった。

そして、少しでも情報を得るために耳への神経を研ぎ澄まして、外で起こっている様子の音を拾っていく。


"ドゴッ!”  ”バキッツ!!”


「うぐっ!…」


そこから聞こえてきたのは、素手で殴ったような鈍い音と敵の僅かな呻き声だった。

一瞬、聞き間違いのような気がして、もう一度耳を澄ましたが聞こえてくる音は何一つ変わらなくて。

決して幻聴ではないこの事実にマリアの頭はさらに混乱していく。


——ん?素手?いやいや、そんなはずは……ないよね?だってクラウスは剣を持っていたし、先程までそんな戦い方していなかったもの。そんなまさか騎士が素手で殴るわけn……


「はっ!?騎士のはずなのにアイツ素手で相手してきやがる!?しかも魔術で対等に渡り合うなんて……アイツ、頭ぶっ飛んでいるのかよ!!…いっ……」


「……喋っている余裕があるなら早くかかってこいよ」


未だに視界が戻らないが、素手で殴っている音らしきものが私に耳まではっきりと届く。

それと同時にレイヴン達の悲鳴がちらほらと聞こえてきた。


…もしかしてクラウスは自身の武器(素手)が変わると、性格もがらりと変わってしまう可能性があるのかもしれない。うん、そうに違いない。きっと、そうだわ。

勝手にそう結論づけたマリアは、それ以上深く考えることを辞めた。



そんなことよりも今、彼女は別の事で頭を占めており、心はいっぱいに膨らんだ帆のように落ち着きがなかった。

理由は単純、

(だって、あのゲームでやっていた素手での容赦ない戦闘の仕方を実際に見ることができるチャンスなのだから!!)


前世の頃、ストーリーを全く進めず、レベルばかり上げていろんな戦闘方法で戦いを楽しんでいたマリア。

この心旅(ゲーム)はレベル制限がないので好きなだけ自由に遊んでいた(レベル100以降確認していない)のだが、道中レベルを上げすぎたせいかいつの間にか化け文字へと成り果てていた。

ついでに【荒れ狂う人? ※落ち着け】という謎の称号も獲得していた。


私はいつこんなことになっていたのかを知らなかった。

あとからこのことを知った時、”あれれ?もしかして私煽られてるのかな?そうなのかな?…よしっ、ボス周回始めるか!!”とヤル気が漲ってきて、またゲームに熱中したところまで覚えている。

あの時は、この称号別に要らないなと思っていたが…今更になってよくよく考えてみると、


(……いや、やっぱり要らんわ!!あの称号!!)


因みに、化け文字は生涯治らなかった。



話を戻して、今の私の状態を簡潔に説明すると、

(ハマっていたゲームの戦闘が間近で、しかも最前席で見ることができる神チケットを入手しているようなもの……つまりこの機会を見逃すわけにはいかない!!)


マリアは考える。

先程の見たような、優美な太刀筋で敵を圧倒させる戦い方に対し、ではでは素手の場合であったならばどのような戦い方でクラウスは応戦するのかと考えているだけで彼女のワクワクが止まらなかった。


なお先程の戦闘でレイヴンが唱えた魔法は避けることに集中していたため、じっくりと観察できていなかった。

少しばかり勿体ないことをしてしまったかなとは思ったが、やはり命を優先すべきであろう。

ただでさえ、魔法を避けることが出来なくて己の視界が見えなくなってしまったのだ。

あのときの優先事項は間違ってはいないと確信している。

だが、そんなことを考えているよりも彼女はとにかく願い続けた。


(ちょっと、私の視界はやく回復してよ!!クラウスの素手バージョンの戦い方すごく気になる!見てみたいのよ!!だから、はやく!!!)


——彼女の切実な願いは果たして届くのだろうか?




マリアの心の騒ぎようとは裏腹に、レイヴンとクラウスの方では凍り付いたような沈黙のなかで互いに睨み合っていた。

物音一つない彼らの空間。

彼らの緊張は音を伝って空気を揺るがし、静けさをさらに助長させていく。


そんな空気感のなか、両者とも膠着状態のまま終わってしまうのかと思いきや、この静かな雰囲気を完全まるっと無視して、場違いな声を発したのは、やはりこの男だった。


「えっ?もう残りワシだけ!?…おいおい、嘘じゃろ…ワシの折角の作りだした分身たちがこんなにも早く倒されるなんて…結構、ここ最近で一番うまくできていたはずなのに…それなのに、四体全部壊すなんて、そんなのあんまりじゃないか……騎士さん、酷い!酷すぎるのじゃ!!ワシ、凄く悲しい!!!」


全ての分身を倒され、泣き喚くように訴えかけてくるヒヒヒ爺さん。

それに対しクラウスはヒヒヒ爺さんの主張を右から左へと聞き流して、自身に確認するかのようにぽつりと呟いた。


「…………残り一体。…やはりこれら全てあんたの分身でしたか。…はぁ~。まさか、あんたが本物だなんて俺としては信じたくなかった…」


「ほう。やはりお主、騎士団に所属しているわりには、見る目があるのじゃ。あの中で本物のワシを見抜けるとはな!!お主、やりおるのぉ~」


「…………」


ほぼほぼ独り言なのでこの言葉は拾われることはないとクラウスは踏んでいたが、よくよく考えてみるとコイツは頭が可笑しい上に、常に鬱陶しい発言をしていたことを彼の頭は都合よく忘れていたのだ。

クラウスが苦手なタイプであることも含め、真面に相手をしてはいけないと悟る。

だから無視を決め込もうとした瞬間


「…あっ!…そ・れ・と・も…このワシが無意識に出した強者の力を騎士さんが感じ取って………そうか。それなら、ワシの術が見破られても致し方ない!!もう騎士さんもそれならそうと、ワシに言ってくれればいいのに」


聞こえてきた言葉に、思わず拳に力が入ってしまうのは仕方がないことだろう。



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