ヘンテコな集団②
「……あの集団以外にも敵の気配はあるのかしら?」
「いえ、今の所は感じられません」
「そう……分かった。そろそろ正規の騎士達を探しに行きたいし…クラウス、戦闘準備はいい?」
「はい、いつでも可能です。さっさと終わらせてきますよ、俺からなるべく離れないでください」
「…ええ、分かったわ」
クラウスも早くこの場から脱出したいのか若干苛立ったような声で頷いた。
クラウスはそのままの勢いであの集団の一人を目掛けて武器を振り上げるが、ヒュッと銀が空を斬った。
「おっと危ないじゃねぇか…不意打ちとは騎士のくせに随分と卑怯じゃな~」
「情けをかけるほどの間柄ではないんでね」
「……まぁ、それもそうじゃな。どっこらしょっと」
黒い集団とクラウスはお互いを睨み合う。
相手の呼吸を肌で感じ取り、気の緩んだ一瞬の隙を逃がすまいとしている。
微かな風だけが、私たちの間を縫っていく。
そんな緊迫した空気の中、変化が起きる。
「そういえばワシの一部よ、ワシ、まだ大事なことができないぞ」
まるで水辺で休んでいる動物のようなのんびりとした口調で一人が話始める。
マリアは五人衆の中でヒヒヒ爺さんだけは区別することができた。
(この人、多分ヒヒヒ爺さんだ。この人だけは毎回変わったことをしてくる。つまり………)
「ワシらの名前ってこやつらに名乗ったっけ?名乗ってないよな?」
(話しの内容は全然大したことない!!)
「………名乗ってないな」
「それはいけない!今すぐにしなければ!!」
「勝手にやったらどうだ?お前だけ」
「ああ、分かった!…こほん………名を聞いて慄け!そして敬うがいい。我が名はダークマター!!!!」
「そう、ダークマー……………え?」
「ダークマターだ!!!」
「………………………」
……おそれおののきました
貴方の手料理は丁重にお断りします。
ここだけが時空間をバグらせてしまったのか、それとも私の耳がはやくも故障をおこしたのか…。
かの騎士のほうを見ると眉根を寄せて困惑した表情がありありと映し出されていた。
「誰が………だ・れ・が、お前の、あだ名を名乗れって言ったんだ!?わしらの名は、誇り高きレイヴンだ!!!どうやら、お前だけ違っていたようだがな!!!」
と黒の一人が喉の奥から振り絞るような声でそう叫んだ。
(あれ、あだ名だったんだ……そして結局、君らが名乗るんだ…)
「ああ、そっちか…」
「じゃあ、お前は、一体何だと思っていたんじゃ!?これしかないだろうが!!なんで、ちょっと残念そうなんじゃよ!!!」
「いや~言える機会がそうそう無くてじゃな、それならそうと言ってくれれば。もうとっくに大声で宣言しちまったじゃないか」
「最初から最後までコレしかなかったが!?あと、そんな日は一生こなくていい」
「そんなことをいうなよ~このツンデレさん」
「………………………………だれがっ」
「よしっ!名乗ったことだし始めるとするかの」
そういうや否や、マイペースなヒヒヒ爺さんはすぐさま後ろに飛び退いていった。
前方で戦うのはどうやら怒りで震えている黒爺を合わせて三人らしい。
後方には二人、杖を構えているところを見ると魔法を使うようだ。
会話はヘンテコな集団だが、人数不利であることには間違いない。
「こうなりゃ、お前さんにこの怒り、ぶつけてやる」
怒り爺の目に煮えたぎる感情を宿しながら真一文字を描く。
クラウスは軌道を予測し、攻撃をかわすため大きく後ろへ飛んだ。
彼の瞳からは、ぎりりと歯を食いしばり舌打ちをする怒り爺の姿が映った。
続けざまに他の黒爺が襲い掛かってきたため、瞬時に態勢を整えて反撃する。
剣の柄を握りなおして足を一歩踏み出そうとしたとき、一つ、大きな炎の塊がクラウスの前を通過した。
「おいっ!?あたってないじゃないか!?何をやっている、こんな一人相手にしたくらいで」
「お前こそ、ちゃんと引き付けておいてくれないと、こっちだって困るじゃろうが!!」
「こいつ、強すぎやしないかい?」
「愚痴を言ってないで他のワシよ手を動かせ、手をっ!!!ぐっ……」
「余所見している余裕なんて果たして、ありますかねぇ?これでも騎士団の中でそれなりに強いので…」
「絶対、それなり、じゃないだろ」
(その通りです。その人、副隊長です。黒騎士の中でもかなり強い方に値する騎士です。さっきこの人自身がそう言ってましたわよ……。)
マリアは頷きながら、彼の戦闘を目に焼きつける。
舞うように軽やかに敵から躱す様はまるで彼らと遊んでいるかのようだ。
決して力強さを感じられない攻撃はよく見ると、かなりの打撃が入っていて急所へ当たった黒爺の一人が咳きこんでいた。
(黒騎士の隊長と副隊長……今日の護衛よく考えてみれば、豪華すぎる面子なのでは?……)
今更ながらに公爵の過保護さが感じられた気がした。
今回はある意味助かったといっても過言ではない。
「……………ん?」
そのとき私の心をふとかすめたものがあった。
(あれ?足りない……数が足りない)
何度数えなおしても一人足りなかったのだ。
現在、マリアの視界にはクラウスと四人の爺しか映っていない。
誰がいなくなったのか私には分かった。分かってしまった。
だってあの人がいないもの。
一人異様に雰囲気が違くて変わっていた人が。
「ヒヒヒ爺さんが、いない」




