ヘンテコな集団
暴風域にでも入ったかのように周りの景色がどんどん変わっていく。
たまに近道も通ったりするのか、ちょっとした林のようなものまであり木のギリギリを目掛けて駆け抜けていく。
彼らは今日だけで一体何回走ったのだろうか?
そして私は一体あと何回叫ぶのだろうか?
「……あれだ」
しばらくすると、クラウスの声が聞こえた。
そちらの方に視線を向けると、私の眼でも確認できるくらい出血量が明らかに多かった。
「…っつ……二人とも倒れている!?怪我も重症!?もうちょっと近くで確認しないと…暗いのもあって、よく見えない…」
黒い服は出血場所が確認しずらいため近くまで行かないといけないのだが、クラウスの手が私の行く手を阻む。
「お嬢、ストップ」
「………え?くら、うす?」
——なんで止めるの、という言葉は続いて音にはならなかった。
クラウスの眼差しは仲間を発見したとは思えない程、倒れている彼らを鋭い目つきで睨みつけていた。
そんな彼の様子に声の居場所を見失う。
気味が悪いくらい静寂な空間だ。
周囲はざわついた葉が落ちてくる音と風のどよめき声しか聞こえない。
相変わらずクラウスは微動だにせず、私も不用意に動くことができないまま彼と不気味な時間を過ごす。
思わず、死人の呼吸も聞こえるかと疑うくらい耳が錯覚しそうになった………。
そろそろ沈黙すらも痛くなってきたなと思い始めたころ、マリアはもう一度クラウスと同じ方向に目を向けた。すると、あることに気がついた。
——あれだけ大量な血が出血しているのに、血の…独特な錆びついている匂いがしてこない。
彼女は顔をはっと上げ、クラウスを見上げる。
彼は初めから小さな違和感に気がついていてマリアを止めてくれたのだろう。
そうなるとまた新たな疑問が生まれてくる。
(あれ?じゃあこの人達は一体?)
沈黙に包まれた空間に突如声が響き渡った。
声の出どころはクラウスでも私でもない。
声がする方向は…………倒れている二人と周辺からしてきた。
「へぇ~。これを初見で気がつく奴がいるとはな…騎士にしちゃあ、中々やるじゃねぇか」
「はぁ~、何言うとるんじゃ。ただワシらの面倒ごとが増えただけではないか。……まぁ、これしきの罠でつれてくれたらワシらも苦労はしない…が…」
血ではない何かで赤く染まっている二人は起き上がりながら話し始めた。
体を持ち上げながら骨と骨のぶつかりあう音がポキポキと聞こえてくる。
やはり、正規の騎士達ではなかったようだ。
では、本物はどこへ行ったのだろうか。
周囲を見渡すと、他にも仲間がいたのかぞろぞろとこちらへと集まってくる。
チラッと顔を覗き見れば、私には黒い人たちが似たような人物に感じた。
もしかすると、兄弟や親戚なのかもしれない。
ハリネズミのように警戒の棘を張っていたクラウスは私の一歩前に立ち、己の武器を抜いた。
「だけど、あんさん途轍もなく運が悪いねぇ。よりにもよって、闇ギルド界で有名なあの方の一番弟子、このワシに狙われることになるとはねぇ」
「ヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
「しかも随分と上物なお土産じゃないか。そちらからご馳走も用意してくれているとは…気が利くねぇ」
(………そのお土産って、もしかして私の事をおっしゃっていますの?)
心なしかクラウスの冷気がさらに上がったように感じる。
握っている剣もミシミシという音が聞こえてきそうなほど握りしめて、爽やかで整った顔立ちに似合わない程、瞳の奥がただ静かに燃えていた。
声を発していないのにもかかわらず奇妙な威圧感が空気を震わす。
「おい、他のワシよ。少し喋りすぎじゃ。いい加減、このくだらない会話もさっさと終わらせろ」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ…ヒィヒィ」
「はいはい、分かっとるって…どうせ全員殺すのだから別に構わんじゃろうに…」
「おーっと、待て待て。落ち着くのじゃ、他のワシ達よ。おなごだけは勢い余って殺すなよ?殺すのは正義気取りの騎士様だけじゃ」
「ヒィ、ヒィ、ヒィ、ヒィ、ヒィ、ヒィ、ヒィ…」
「おい、五月蠅いぞ、何番目かのワシ。今度は何の鳴き声の真似だ?途中から疲れてきてキチンと言えてきていないぞ。その辺で止めておけ。あと、普通に五月蠅いのじゃ」
「ヒィ…ヒィ…ヒィ……同じワシの一部だろう?そんな酷いことを言うではない。必死にレパートリーを増やして、必死こいて毎度演じているというのに…ワシにだけ扱いが少しばかり雑すぎるのではないか!?」
………その中でも、一人だけ飛びぬけて変わった老人がいる。
戦闘を始めるかと思ったのにそんなものが目の前で繰り広げられ、警戒よりも呆れが増していく。
味方と敵の寒暖差が酷くて風邪を引きそうだ。
クラウスはさらに警戒の色を強めるのに対し、私は彼らの会話を聞いているだけで徐々に気が抜けてきてしまっていた。
もしかしてこれも、作戦の一つなのかしら?
というか、こんなこといつもしているの?戦闘前に?
それに同じワシの一部?
もしかしてみんな別人ではないの?
知りたいことがありすぎて疑問がどんどん増えていく。
私の脳がそろそろパンクしそうだわ。
………それよりも気になるのは
「ヒヒヒヒだけではなくて普通に話せたのね…てっきり、あれが通常だと私思っていたわ。……一体、何の鳴き真似かしら?」
「……馬、とかですかね?」
クラウスは通常よりも低い声で私の質問を拾ってくれた。
彼の警戒はそのままだが、やはり彼も少し気が抜けてしまったらしい。
「不正解じゃ!…ほほほ、分からんじゃろ。かなりの難問じゃ、そんな在り来たりな答えではないからな。じゃが、正解は教えてはやらん!精々、答えが分からずに一生悩んでいたまえ!」
「えっ…教えてくれないの?」
この人が敵であることを忘れて、口からつい本音が漏れてしまった。
はっと自身の口を塞いだが、すでに色々と遅かった。
クラウスも相手も驚いたようにこちらを見ていた。
確実に聞こえているときの反応である。
私の身体に熱と汗が浸った。
頭の中では”やらかしてしまった自分”に泣きそうになる。
何故、私の口は開いてしまったのか……。
マリアは自問自答のループに嵌まりかけ、
「………ところでワシは、可愛い物には目がない…」
(……………………ん?ヒヒヒの爺さん?突然何を言って…)
「…は?」
「何言っているんだ?」
「とうとう脳まで可笑しくなったのか……いや、それは元からか」
クラウスから発せられる異様に冷たい空気と低い声で一言。
敵陣営であるはずの味方からもヒヒヒ爺さんは責められる。
そんな空気やら言葉を一切合切無視してマリアに話しかける。
「だからヒントをやろう、お嬢さん。夜に見かけると思わず叫んでしまう黒くて透明なアレってな~んじゃ?」
「黒いのに透明?」
「ああ、そうじゃ。この問題は昨晩のワシに関係しているのじゃ」
「う、う~ん?」
…絶対に、今クイズの雰囲気じゃないよね?
というか貴方とは初対面ですわよね?昨晩のワシ、知るか、そんなもの!!
若干、投げやりになりそうになりながらも思考を巡らせた。
恥ずかしいやら泣きそうやらで私の思考はあっという間に埋め尽くされる。
やはり考えられるわけがなかった。
まともな思考状態ではない時点で問題を解くのは実質不可能だ。
そこに、救いの手がマリアに差し伸ばされる。
「昨晩?……ああ、昨日の夜の叫び声おまえだったのか…お前の悲鳴が部屋の角まで聞こえたぞ。ゴーストごときでそこまで怖がるとは思っても見なかったがな!」
「は?あれがゴーストの鳴きまねだったのか!?問題がクイズとして機能していなくないか?いつも思うがあれが同じワシの一部とか到底思いたくない……」
「毎度のことだが、ちと難問過ぎる気がしないか?この嬢ちゃんと騎士さんは普通の感性なのだから、お前の独特な感性を理解できるわけないだろう?…そうだろう、だから今度からはこの腐りきったクイズなんかやめちまった方がいい」
「お前ら、いくら何でも酷い………」
寂し気にうつむく仕草はまるで葉が萎れていく過程を見ているかのようだ。
何気に味方の方の傷のえぐり具合が凄まじい。
「あれ、ゴーストのつもりだったんだ………」
「……ですね。少なくとも、この会話がなければそれこそ一生かけて分かりませんでしたね」
「……ねぇ、クラウス」
「…はい、なんでしょうか?」
「私たち、いったい何しにここまで来たのかしら?」
「騎士にまぎれた侵入者及び暗殺者の捕獲ですかね?」
「この人たちの警備は…」
「少なくとも俺の知る限りこんなヘンテコな集団を配置した覚えがありません………」
「この集団をスルーすることは…」
「一応、侵入者なので…無視することはできませんねぇ……」
胸の中を空っぽにするぐらい深いため息をついた。
私と同じように彼からも細く息を吐くような気配が届く。
クラウスも今同じことを考えているであろう。
(はやくこの空間から脱却したい)




